帰ってきた二人
世界を二分する戦争が起こる寸前までいった春が過ぎ、その後に発生した王国の内乱も、夏の半ばに第一王子の娘が女王に正式に即位したことでほぼ終息した。
そして、世界の平和が確固たるものになってきた秋、地祭の月1日―――偶然にも、リーズがアーシェラの家を初めて訪れた記念日に、エノーとロザリンデがロジオンたちが率いる隊商とともに開拓村に戻ってきた。
「たった1年……ですが、数年もかかったような気分ですね」
「そうだな。遠目から見ても、村の雰囲気が随分と違う」
座席付きの幌馬車で揺られながら、二人は感慨深そうに流れゆく景色を眺めている。
道の先に見える村は、質素な門はそのままに、柵の向こうにはいくつかの建物が見える。二人がいないうちに、ずいぶんと村の人口が増えたようだった。
また、村に続く道も時々人の往来が見られ、道は踏み固められている。かつてリシャールが引っ掛かった防衛用の罠も、今は撤去されているようだった。
「俺も最近は忙しくてなかなか来れなかったからな。リーズとアーシェラに会うのが楽しみで仕方ない」
「ほーら、オリヴィエもこんなにはしゃいじゃって!」
「だーぁ!」
向かいの座席では、ロジオンとサマンサが、娘のオリヴィエを抱えていた。
村の住人達に、娘のことをお披露目したくて仕方がないのだろう。二人とも、何かを我慢しているかのようにそわそわしていた。
「おいおい、オリヴィエちゃん以上に君たちの方がはしゃいでいるように見えるぞ」
「ふふっ、仕方ないですよね。私たちだって、ね♪」
そういうエノーも、景色を楽しんでいる風を装っているが、そわそわしているのを隠せないでいた。そんな夫をいとおしく思いながら、ロザリンデはそっと自分のお腹を撫でた。
やがて、馬車の列は村の門をくぐった。
煉瓦で舗装された奇麗な道を進み、村の中心付近にある駐車場に馬車を止めると…………大勢の村人と「村長一家」が彼らを出迎えてくれた。
「エノー! ロザリンデ! おかえり! ロジオン! サマンサ! ようこそっ!」
「やあ、4人とも。遠いところ、お疲れ様。今日は盛大に歓迎するよ」
少し落ち着いたような雰囲気ながらも、相変わらず元気たっぷりのリーズと、そこそこ威厳のようなものが出てきたアーシェラ。そして――――リーズはその腕に、アーシェラとそっくりな色の髪の毛と、リーズそっくりな金と銀の瞳の赤ちゃんを大切そうに抱えていた。
「ようリーズ、アーシェラ、それに……手紙に書かれていた娘も元気そうだな! ロザリンデ、降りられるか?」
「ありがとうございますエノー。お久しぶりです、村長様に村長婦人」
エノーは、リーズとアーシェラに挨拶をしつつ、ロザリンデの手を取って、ゆっくりと彼女を馬車から降ろした。そして、そのあとに続いてこれまた赤ちゃんを抱えたロジオンとサマンサも馬車を降りる。
「おっす、今日は祭りでもやるのか? ずいぶんと人が集まってるじゃないか」
「おおぉ! か、かわいいっ! これが……リーズさんとアーシェラさんの後継者にして愛の結晶っ! ほーらオリヴィエ、お友達よ~」
サマンサに抱きかかえられているオリヴィエは、リーズが抱きかかえている娘にシンパシーを感じたのか、小さくて短い手を必死に伸ばす。それに対してリーズの赤ちゃんはやや緊張しているのか、十分に向かって手を伸ばしてくる存在を、指をしゃぶりながらポカーンとした表情で見つめていた。
「あれ? そう言えばロザリンデ、ちょっと太った?」
「こらこらリーズ……ロザリンデさんもお腹に赤ちゃんがいるんだよ……」
「そうなの!? リーズ全然わかんなかった!」
「そうそう! そうなのですよリーズさん! 決して太ったわけじゃないんです! 少し遅れを取りましたが、女神さまが私たちにも命を授けてくれたのですよ♪」
「生まれる前に帰ってこれて、本当に良かったぜ。俺たちは育児の知識が全くないから、いろいろ教えてくれよな」
そして、聖女ロザリンデの体の中にも、エノーとの間にできた子供が収まっている。
体形にあまり変化が見えないので、リーズでなくても「少し太ったか」程度にしか見えないが、ロザリンデによれば、少なくとも冬になる前には生まれそうなのだという。
かつて、冒険者として苦楽を共にした初期パーティーメンバーは、今や全員が妻子持ちの身となった。パーティーを結成した日からまだ10年もたっていないというのに、ここまで立場が変わるとは、だれが想像しえただろうか。
天国にいるであろう今は亡きメンバーの一人ツィーテンも、この光景を見てほほ笑んでいることだろう。
かつての仲間たちどうして談笑していると、以前この村を離れた時に送り出してくれた村人たちが、彼らのところに集まってきた。
「ヤァエノー! ヤアァロザリンデっ! 随分と長い新婚旅行だったね~っ、村長たちも帰ってくるのを首を長ぁ~くして待っていたよ!」
「おかえりなさい。また家に泊まっていく? いえ、冗談よ」
「おっかえりなさ~い! おうちは私たちの家の隣だよ~っ!」
「あらあらまあまあ、ようやくお隣さんが帰ってきましたね。さっそく今度一緒に釣りに行きましょうか」
「村は私たちがしっかりと守っておいた。今はもう魔獣の襲撃もほとんどなくなったから、安心して子育てに励むといい」
「僕にも何かお手伝いできることはありますか? 微力ですけど、力になりますよ!」
約一年前に、たった数日だけしか顔を合わせていなかったにもかかわらず、村人たちは口々に「おかえり」と言ってくれた。それだけで、エノーとロザリンデも、実家に帰ってきたような安心感を覚えた。
「ははは、みんなもいろいろと話をしたいことがあるみたいだけど、そろそろお昼の時間が近づいているから、そこで心行くまでお話ししようか」
「アーシェラの飯か……久々だな! けど、まずは俺たちの家を見たい。頼めるか?」
「だったらリーズが案内するねっ! リーズとシェラ、それに村のみんなで協力して建てた、きれいな家だよっ!」
「あら、リーズも家づくりに携わったのですか? これはますます楽しみですね」
こうして二人は、アーシェラが昼食の用意をしてくれている間に、リーズの案内で自分たちの新居に向かうことになった。
これから自分たちが住む家がどのようなものか…………エノーとロザリンデは、ワクワクが止まらなかった。
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