流れゆく月日

 エノーとロザリンデがアロンシャムの町を離れ、世界各地を巡り始めて数か月が経った。


 冬の冷たい風が毎日のように吹く旅路は、大小さまざまな苦難の連続だった。

 かつては見向きもしなかった二軍メンバーたちが二人を見る目は厳しく、時には恨み言を吐かれたこともあった。それに対し二人は言い返すことなく真摯に受け止め、リーズの意に沿わない生き方をさせてしまったことを謝罪して回った。

 そんな二人の誠意が徐々に通じてきたのか、旅を初めて2か月もしたころになると、エノーとロザリンデも徐々に仲間たちに受け入れられてきた。

 ただ謝罪して回るだけでなく、町や村に行けば復興の妨げになっているものの排除の手助けをし、疫病が流行っていればロザリンデが駆けつけてこれを鎮め、備蓄が少なくて困っていれば二人で積雪している山野に分け入って、わざわざ食料や燃料を調達したりした。


 エノーも、ロザリンデも、ただ「許してもらうため」に旅をしているわけではなく、自分たちの力を世界の復興のために少しでも使いたかった。だからこそ、二人はいつでも必死で、そして本気だった。これだけ純粋な真心を見せれば、邪険にしていた仲間たちも、態度を改めざるを得なかった。


 その結果――――


「おーいっ! エノーさん、ロザリンデさん!」


「あら、シェマさん、お久しぶりです」

「シェマじゃないか。よく俺たちの居場所が分かったな」


 雪が溶けて、ところどころぬかるんでいる街道を馬で進んでいた二人が、途中にあった高台で休憩と昼食を摂っていた。そこに、シェマと呼ばれた飛竜にまたがった青髪の男性が、空から声をかけてきた。

 郵便屋が被るような黒いシャコー帽と、年季の入った黒いコートを着たシェマは、エノーとロザリンデの姿を見つけると、騎竜をゆっくりと二人のそばに下ろすと、積んでいたたくさんの袋の中から一つをもって来くる。


「はいこれ、二人にみんなからお手紙だっ」

「うおっとと、随分とたくさんあるんだな」


 シェマが届けてくれたのは、各地に散らばっているかつての仲間たちからの手紙だった。渡された袋の中には、15枚以上もの手紙の束と、いくつかの物品が入っている。


「嬉しいものですね。以前までの私たちは、ほとんど嫌われものでしたのに、いつの間にかこんなにたくさんの手紙をもらえるなんて」

「それにみろよ、ロジオンの奥さん……サマンサからの手紙と、こっちはリーズとアーシェラからだ!」

「いやー、少し前までアーシェラさんの居場所は知っていたんですけど、届けられるものがほとんどなくてー。でもっ、リーズ様とアーシェラさんが仲間に居場所を教えてもいいって言ってくれたから、仲間がみんな手紙を書くようになって、俺も大忙しですよっ! はっはっは!」


 シェマは、勇者パーティーではやはり二軍だった。一軍で複数の飛行職メンバーが活躍する中、彼は二軍唯一の飛竜使いとして、伝令や物資調達などの業務をこなしていた。その忙しさはアーシェラに次ぐほどで、魔神王が討伐された後も、二軍メンバーたちの間の郵便屋兼運送屋として、文字通り飛び回っていたのである。

 そんな彼は、リーズとアーシェラが自分たちの居場所を二軍メンバー全員に知らせたため、仲間内で手紙や配達物をやり取りする機会が増えて、ますます忙しくなったのだそうな。

 昼食を摂りながら手紙に目を通すエノーとロザリンデ相手に、シェマもまたついでにと弁当のサンドウィッチを広げ、仲間たちの動向を語った。


「そうか……みんな毎日元気でやっているようだな。最近は仲間に会いに行っても邪険にされることが少なくなったのは…………今まであってきた仲間たちが、俺たちのことを手紙に書いてくれたからなのだろうか」

「ねぇ、見てくださいエノー! アーシェラさんとリーズが、村に作っていた私たちの家が完成したって!」

「へえぇ、それは羨ましいな! 俺もそっちに移住しよっかな?」


 アーシェラとリーズからの手紙には、開拓村に二人の家ができたという知らせと、新しく加わった村人たちのことが書いてあった。あの村に二人が帰るのはまだまだ先になりそうだったが、それでもやはり帰る家があるというのは安心感がある。

 そのほかの仲間たちも、エノーやロザリンデたちへの何気ない近況報告や、町に寄った時の手伝いに感謝する手紙を送ってきてくれていた。少しずつではあるが、エノーとロザリンデも彼らの仲間だと認識してもらえている証だ。


「しかし……こんなにたくさんの手紙があると、すぐには返事は書けないなぁ。気のきいた文章もすぐには思い浮かばないし、う~ん…………」

「ですが、なるべく早く返信をしたいですし………」

「まあまあ、俺は一旦次の町に手紙を届けたら、また二人のところに戻ってくるから。たぶん、5日後くらい、かな? その時までに返事を書いておいてよ。この街道を進んでいるならすぐに見つけてあげるから!」


 こうしてシェマは、昼食を摂って少し休んだら、手紙と荷物を全部渡したことを確認して、飛竜に乗って飛び立っていった。

 もうすぐ春になる――――仲間たちが各地で動くのに合わせて、シェマもほとんど休みなく飛び回っているようだ。


「やれやれ、忙しないやつだ。シェマ自身はともかくとして、飛竜は大丈夫なのかな?」

「くすっ、飛竜よりバイタリティがある人間なんて、すごいじゃないですか。それとエノー、私たちの家…………とうとうできたんですね。私は今すぐにでも見に行きたいです」

「俺だってすぐ見に行きたいが、俺たちのやるべきことはまだ半分も終わってない。それに、途中であの村に帰ったら、俺は居心地がよすぎて再出発する気がなくなっちまう」

「リーズさんももしかしたら、こんな思いを胸に抱えて、各地の仲間を訪ねていたのでしょうか」


 だとしたらリーズが予定よりもかなり早く各地を回った挙句、すぐに失踪してしまった気持ちがよくわかるかもしれない。二人はそう話し、笑いあった。

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