意趣返し

「アーシェラは……この手紙で、俺たちに覚悟を問いかけてきた。亡くなった戦友の墓参りすらしなかったお前たちに、リーズを守ってやれるのか…………ってか。言ってくれるじゃないか畜生」

「私は…………リーズさんがこの先もずっと「勇者」として生きていくことこそ彼女の幸せだと思っていました。私は間違っていました。私は……「世間一般の幸せ」をリーズさんに押し付けていただけだったのですね。なんだか、私がアーシェラさんに振られた理由が、はっきりわかった気がします」


 二人は、リーズが王国から逃げて初めて、自分たちが異常な世界に生きていることに気が付いた。勇者リーズは、その圧倒的な実力とカリスマで、崩れかけていた王国をまるで接着剤のようにつないでいたが、その接着剤がなくなったことで、崩れかけていた表面が一気に露呈し始めたのだ。

 アーシェラは……初めからそのことに気が付いていたのだろう。しかし、本当なら真っ先に気が付くべきだったのは、最前線でリーズの隣にいたエノーやロザリンデだったはずだ。

 本当はリーズのことを全力で庇ってあげたいのだろうが、あいにく彼には自信が足りなかった。だからアーシェラは、エノーと、ついでにロザリンデを対話の相手に指定してきたのだろう。

 「君たちはきちんとリーズのことを守ってあげられるのか」と――――


「では明日、グラントさんに話をしてみましょう」

「出来ればタイミングを計った方がいいな」

「タイミングを?」

「アーシェラの奴、これだけ俺たちのことをボロクソ言ってくれたんだ、少しは意趣返ししても罰は当たらないんじゃないかな?」


 そう言ってエノーは、ニッと不敵な笑みを浮かべた。その表情は栄誉ある黒騎士がするような上品なものではなかったが、どことなく冒険者時代の彼を思わせるようだった。


「アーシェラは……これだけのことができる癖に、自分に力がないと思い込んでいる。リーズは絶対に自分が守ると言い切れないのが、あいつの弱いところなんだ」

「私も含めて、王国貴族とまるで真逆ですね。私たちはいかにして、出来ないことを出来ると突っ張れるかが一種のステータスですから」

「まぁその通りだな。俺はそういうところだけは昔から一丁前に強かったから、ぎりぎりこの界隈でやってこれたわけだ。ところがアーシェラは、自分よりまず他人と考える癖がある。だからこの際…………あいつに自信を持たせてやろうってわけだ」


 そこでエノーがロザリンデに提案したのが、アーシェラに対して途中までわざと強硬姿勢をとって、アーシェラとリーズの一致団結を図るというもの。

 かなりの荒療治ではあるが、アーシェラには「やればできる」ということを思い出させてやりたい。そうすれば、彼はおのずとリーズは自分が一番に幸せにできるという自信が湧くだろう。

 もちろんリーズやアーシェラには諸々のことを謝らなければならないが、すべてが終わってから種明かししても遅くはないはずだ。


「ふふふ、私たちは完全に敵役ですね。ですが、それだけのことをしたのですから、罪滅ぼしにはちょうどいいかもしれません」

「と、思うだろ? 俺もちょっと前までは、憎まれ役を買ってもいいかなと思ってたんだ。だが、もっといい憎まれ役がいるじゃないか」

「…………まさか、リシャール公子を?」

「あいつは、俺の大事なロザリンデに手を出そうとしやがった。そのうえ、リーズを自分のおもちゃにしようとしているわけだ。この機会に、痛い目にあってもらおうじゃないか」

「なるほど、それは面白そうですね。道中一緒になるのはやや面倒ですが、これも今後のことを思えば……」


 エノーの「意趣返し」の内容を聞いて、ロザリンデもちょっとだけ意地悪そうな笑みを浮かべた。おそらく彼女にとって、生まれて初めての本格的ないたずらなのだろう。

 聖女がこんなことをしてもいいのかという疑問はあるが、ロザリンデはもうそんな窮屈な枠にとらわれず、自分らしく歩むことを決意したのだ。


「あ、ですがエノー。もしリシャール公子が何かの間違いでアーシェラさんに勝ってしまったらどうしましょう?」

「ないとは思うが、やばくなったら俺が力でねじ伏せる。それでもアーシェラがヘタレるのだったら、あいつの力はそれまでだという事だ」


 エノーは、アーシェラのことを信じていた。

 ここまで強気の手紙を出してくるのだから、きっとリーズのことを誰よりも大切にしているに違いない。

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