18日目 前日

 明日の夜にアーシェラと二人きりでデートする――――それが楽しみで楽しみでたまらないリーズは、まだ前日だというのに、朝からそわそわして落ち着かなかった。

 午前中のルーティンワークの最中も、時が経つのが遅く感じ、昼ご飯までの時間がまるでいつもの一日分の時間のように思えるほどだった。


「どうしよう……ドキドキがいつまでも止まらない……。魔神王討伐の前の日でさえ、こんなにドキドキしなかったのに」

「あっはは♪ リーズおねえちゃんにとって、村長はあの魔神王よりも強敵に見えるんだね!」

「強敵っていうか、その……ね? 明日何もかもが変わっちゃうんじゃないかって気がして……」


 午後はイングリッド姉妹の仕事――――ヤギの放牧に付き合っているが、それでも気は紛れない。

 ミーナから見たリーズはいつもよりも弱々しいが、その顔は恋する女の子のそれであり、見ているとミーナまで照れ臭くなりそうだった。


「でも、流れ星を見ながらのデートっていいね……想像するだけでロマンチック♪ お姉ちゃんが、こんな素敵なデートを思いつくなんて、ミーナは意外だったなぁ」

「あらあらミーナ、私が提案したのがそんなに意外でしたか?」

「だって、お姉ちゃんだったら「デートするなら釣り」みたいなこと言うかなって」

「まあ! 釣りは真剣勝負ですから。デートどころではなくなってしまいますわ」

「ミルカさんは相変わらずブレないね…………」


 昨日あれだけ強敵ぶりを発揮したミルカだったが、仕事中はやはりこんな感じである。

 働き者の牧羊犬が忙しそうにあっち行ったりこっち行ったりしているのに、彼女は相変わらず眠そうに棒を持って立っているだけだ。これではただの案山子である。


「あ、そうだ。リーズおねえちゃん、星を見る場所はもう決まってるの?」

「うん。昨日の夜にシェラと話し合って、西の平原の小高い丘がいいんじゃないかってことになったの」


 行く場所もすでに決まっている。アーシェラはその場所まで行ったことがあるらしいが、リーズは初めてだ。当日はアーシェラにエスコートしてもらいながら歩くことになるので、それも楽しみだ。


「お弁当とかは持っていくの?」

「もちろんそのつもり! 夕方に家を出発して、見る場所でお夕飯も食べようかなって」

「へぇ~……デートで村長の料理が食べられるなんて、羨ましいなぁ」


 この時、リーズはミーナの言葉を聞いてふと思った。

 リーズはアーシェラの家に来てから一度も料理をしていない。食事を用意するのはいつもアーシェラの仕事だ。リーズは本来「客」の身分なのだが、もう同居人と言ってもいい関係になりつつある今、自分もアーシェラの為に料理を手作りすべきではないかという気持ちが湧きあがった。


(もしかしてリーズが忘れてることって……これ?)


 違う気もしないでもないが、アーシェラがリーズの作った料理を食べてくれるところを想像すると…………


「ごめんねミーナちゃんミルカさん、ちょっと用事を思い出しちゃったっ!」

「そうなの? じゃあまたね!」

「あらあら、うふふ……」


 いてもたってもいられなくなったリーズは、唐突に姉妹に別れを告げ、そのまま駆け足で家に戻る。

 リーズは東の平原からわずか10分で家に戻った。家ではアーシェラが、やはり気を紛らわすためか一心不乱にリーズの服のほころびを縫い直していた。


「たっだいまーっ!」

「あ、ああ……リーズ、早かったね」

「シェラっ! リーズね、お料理がしたくなったから、手伝ってほしいのっ!」

「リーズが料理を?」


 リーズの意外な要望に、一瞬きょとんとしたアーシェラ。

 リーズはよくあるような、お料理ができない系女子ではなく、冒険者時代にはそれなりに調理はできていた。ただ、アーシェラの料理の腕があまりにも上達してしまったため、他のメンバーは途中からほとんどしなくなってしまったのだ。

 王宮でも当然リーズは出されたものを食べるだけだったので、リーズにとって料理は実に数年ぶりになる。


「いいね、僕もリーズの作った料理、食べてみたいな」

「じゃあ早速台所にいこっ! 明日のデートのお料理は、二人で一緒に作ろうね♪」

「なるほど、それもいいね。二人で準備すれば楽しさも二倍だね」


 料理がしたいというリーズの要望を、アーシェラも喜んで受け入れた。

 こうしてリーズは、アーシェラを伴って料理の練習をすることになった。

 果たしてリーズは上手くできるだろうか。

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