18日目 台所

 今まで、この家の台所はアーシェラの聖域であり戦場のようなものだった。

 リーズの口を楽しませるおいしいおいしい料理が、アーシェラの手によって魔法のように作られる。それを邪魔しないために、リーズはあえてこの聖域に足を踏み入れなかった。


 この日リーズは、アーシェラの隣に立った。

 アーシェラが持っている白いエプロンは、リーズにはやや大きく感じたが、肩や腰の紐を気合を入れるようにキュッと締めれば、不思議とやる気がわいてくる。

 それに彼が今まで作った数々の料理の名残と、彼の努力の汗が染み込んでいるのか、ちょっといい匂いがした。


「えっへへへ~、シェラとお揃いだ♪ うれしいな♪」

「ふふ、今度リーズ用にもエプロン作ってあげなきゃね」

「作ってくれるの!? で、でもシェラのを使うのも捨てがたいし……う~ん」

「リーズ、本当はエプロンも身長にあったものを使わないとだめだよ。動きにくいからね」


 リーズはまだ若干軽く見ているかもしれないが、アーシェラにとってエプロンとはすなわち「合戦鎧」も同然だ。リーズが剣を握るようにアーシェラは包丁を握り、リーズが術を操るようにアーシェラはお玉を操る。冒険ではリーズがルールだったように、ここではアーシェラがルールなのだ。


「じゃあ今日はリーズの大好物のハンバーグとシチューを作ってみようか」

「うんっ!!」


 アーシェラはまず、シチューの下ごしらえから始めることにした。

 芋、人参、玉葱などの根菜と、保存していた鶏肉を用意し、それらを食べやすい大きさに切り分けていく。


「シェラ、お手本見せてっ」

「リーズの好きな大きさに切っても大丈夫だけど、まあいいやお手本を見せるよ」


 アーシェラはリーズにもわかりやすいように、説明しながらゆっくり淡々と包丁を振るう。そこまでこだわらなければ、多少の不揃いは気にすることはない。むしろ初めは下手にこだわらないほうがいいと、リーズに教えてあげる。


「う~、皮むきだけは面倒くさいよ~」

「それは僕も通った道だから、文句言わないように」


 初めのうちは緊張しながら包丁を握っていたが、慣れてくればそこまで難しく思うことはない。タンタンタンと軽快なリズムで、リーズは野菜や肉を刻んでいく。

 ちなみにアーシェラはその気になれば、根菜1本につき2秒というあり得ない速度で切り刻むこともできるが、あくまで教える立場なので「こんなこともできないの?」と見せつけることはしない。教えるには先ず相手に自信を持たせることが重要だ。


「じゃあ次はお肉と野菜を焼いていこう」

「焼くの? お鍋で煮るんじゃなくて?」

「それだとただのお鍋料理だからね。まずは具の味付けをして、おいしさを凝縮するんだ。煮るのはそれからだね」


 フライパンで具に火を通すことで先に具に味付けを行い、それから鍋に移して煮込む。もちろん煮込まなくても食べられないことはないが、アーシェラはやはり炒めた方がいいと思っている。


「あとは火にかけてじっくり煮よう。その間に、今度はリーズの大好きなハンバーグを作ろう」

「えっへへ~! 待ってましたっ!」


 次にアーシェラは、保存していた犀の魔獣モンスリノケロースの肉を取り出して解凍し、リーズと一緒に包丁で丁寧に叩き、挽肉にする。魔獣は殆ど食べても無害で、おまけに栄養価も高い。おいしいハンバーグが作れそうだ。


「やっぱり魔獣のお肉はハンバーグに限るよね♪」

「ステーキだと硬くて食べにくい魔獣が多かったからね……リーズがハンバーグ大好きだったから、しょっちゅうハンバーグでも飽きなかったなぁ」

「みんなもリーズと同じでハンバーグが大好きだと思ってたけど、まさか合わせてたなんて思わなくて」

「自分たちの好みより、リーズの美味しそうに食べる顔が好きだったから、自然にハンバーグになっちゃってたね! あっはっは!」


 かつて5人で冒険していた時は、肉と言えば魔獣の肉で、魔獣の肉と言えば煮込むかハンバーグにするかのどっちかだった。しかし、リーズがとにかくハンバーグが大好きで、おまけにとても幸せそうに食べるので、何日ハンバーグが続いても文句の一つも出なかったのだった。これも今となっては笑い話である。

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