18日目 料理
二人で丁寧にハンバーグを形にしたら、シチューを煮る鍋の横でリーズがフライパンを使い、強い火で豪快に焼き上げる。肉の焼けるいい匂いに、リーズはうっとりしながらも、実にいいタイミングでハンバーグをひっくり返していく。
「ところでシェラ……その、話して無かったかもしれないけど……」
「?」
そんな時、リーズが少ししんみりした声で、アーシェラに話を振ってくる。
「リーズが魔神王を討伐した日に……シェラがリーズの顔より大きなハンバーグを、作ってくれたの、覚えてる? あのハンバーグなんだけど…………」
「聞いているよ。リーズがいない間に勝手に食べられちゃったんでしょ。ひどい人達だよね、まったく」
「あ、なんだ、知ってたんだ! そうなの! シェラを含めて、全員で一緒に食べるはずだったのに! あー今思い出してイライラしてきた! あの時蹴っ飛ばしてやればよかったかしら?」
特製ハンバーグの結末について、アーシェラはある人物からその話を聞いた。さすがにやるせない思いでいっぱいだったが、その時の彼は戦後処理に忙しく、恨みに思うことすら忘れてしまっていた。
でも、今はこうして二人で一緒に大好物のハンバーグを作っている。こんな小さなことでも、幸せを感じることができるのは、素晴らしいことだろう。
「さて、シチューの方も味見してみようか」
「うんっ! うまくできているといいな~」
ハンバーグはすぐに完成したので、煮込んでいるシチューの味見をする。ふたを開ければ、コンソメやバターすら自家製の物を使ったクリームソースの匂いが香りたち、リーズが刻んだ野菜やお肉がいい感じにとろとろに煮込まれている。
リーズはシチューをお玉に少しだけとり、火傷しないように慎重に啜ってみる。
「‥…………あれ? なんか、いつもと味が違う? え、なんで?」
ところが、なぜかいつものシチューよりとても薄く感じたリーズ。実はこれには訳がある。
「そんなに違うのかな? 隠し味とか一切入れてないだけだけど」
「え? 隠し味なんてあるの!? ねえシェラっ! それ教えてっ!」
アーシェラは長年の料理経験とリーズの好みを把握しているため、リーズの口に完璧にあったシチューを作れるのだが、そのせいでリーズの口がアーシェラの(料理の)味を覚えてしまい、普通の料理だと満足が出来なくなってしまったのだ。
「いや、それはまた今度だね。まずは基本を十分にできるようになってから応用に移らないと、変にアレンジする癖がついちゃうから」
「なるほど。武器の使い方と同じだね! 確かにリーズはまだ初心者だから、普通のをちゃんと作れないといけないね」
流石勇者だけあって、リーズはアーシェラの言うことをすぐに理解してくれた。
料理はなんでもかんでもアレンジすればいいというものではない。基本を逸脱することなく、徐々に自分の持ち味を出していくというのは、料理に限らず何事においても大切なのだろう。
「それに、リーズの作る料理は、僕の味のコピーであってほしくないんだ。きっとリーズにはリーズの得意な味付けがあるはずだから、僕はそっちの方が楽しみだよ」
「リーズの味……ふふふ、そっか……いつかリーズの味をシェラに気に入ってもらえるといいな」
リーズはアーシェラの料理が大好きで、でもアーシェラにリーズの料理が一番と言ってもらえたら、どれほど嬉しいことか。
こうして、その日の夕方の食卓はリーズとアーシェラの共同作業による食事が並んだ。
若干味気ないシチューと、やや不ぞろいの大きさのハンバーグ、あとはアーシェラがあらかじめ作りおいてあったサラダとディーターが焼いてきてくれた黒パンが今夜のメニューとなった。
不思議なもので、アーシェラと一緒に作業していたら、あれだけ長く感じた一日があっという間に過ぎてしまった。
「いよいよ明日か……シェラ、デート楽しみだね♪」
「そうだね……素敵な思い出ができるといいね」
なかなか近づいてこないと思っていたのに、いつの間にかもうすぐそばまで近づいている。
笑顔でアーシェラと話すも、自分の作ったシチューに若干不満げな勇者リーズは、王国に帰ることなどすっかり忘れているようだった。
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