勇者をめぐる冒険

 リーズの居場所が判明してから3日後――――

 エノー、ロザリンデ、それにリシャールの三人は、その日の昼前にアロンシャムの門をくぐった。

 かつて邪教集団の攻撃で壊滅的な被害を被ったこの町は、まだ所々に瓦礫が残っているのが見えるものの、平和が戻ったことで集まってきた人々は、活気に満ち溢れている。


「まったく、ずいぶんと遠くまで迎えをよこさせるじゃないか」

「それについては俺も同感だな。こんなに急いで駆け抜けたのは久々だ」

「いいじゃないですか。ちょっとした旅行と思えば」


 リシャールのぼやきにさすがのエノーも同意するが、ロザリンデはこんな時でも前向きだ。

 王都アディノポリスからアロンシャムの町までの距離は約350km。この距離をわずか2日と少しで駆け抜けられたのは、騎乗してきた軍馬に回復魔法をかけ続けたロザリンデの荒業のおかげだ。


「で、そのロジオンとやらはどの家に住んでいる?」

「報告してきた部下によると、あいつは大通りでそれなりに大きな道具屋を営んでいるようだ」


 エノーにとってロジオンは、アーシェラと同じくかつて肩を並べて共に戦った仲である。平民を心の底から見下しているリシャールにはあまり会わせたくないのだが、アーシェラがロジオンを仲介役に指定しているのだからそうもいっていられない。


(ロジオン……頼むからあまり変なことするなよ。俺もなるべく庇ってやりたいが……)


 ましてやロジオンは、リシャールが覚えているか知らないが、勇者パーティーを途中で去ったメンバーである。リシャールにとっては極上のサンドバックにしか見えないはずだ。

 エノーがそんな不安と共に大通りを進んでいくと、目的の場所はすぐに見つかった。


「もしかしてあれでしょうか? 随分と賑わってますね」


 ロザリンデが指さした先には、冒険者と思わしき大勢の男女が、大きな店の前で屯しているのが見える。店の前には馬車が何台も並び、力強そうな男たちの手で荷物の積み下ろしが活発に行われている。

 もはやその規模は道具屋というより、もはや問屋と言えるのではなかろうか。


「ロジオンの奴……ある意味冒険者やめて正解だったのかもな」


 槍一本で念願の王国貴族になったエノーだが、目の前の圧倒的な店構えを見ると、自分が負けたような気になる。

 だが、今は任務に集中しなければならない。三人は店の敷地の一角に馬をつなぎ、いざ店の中に入ろうとした――――が



「ねぇ、あの金髪のすごいイケメンもしかして、リシャール公子じゃない!?」

「うっそー!? よく見たら、隣にいるのは「黒騎士」エノーよ!?」

「ぬおおお!! あ、あれは聖女ロザリンデ様!? な、なぜここに!」


「げっ!? し、しまった! 俺たち有名人だってこと忘れてた!」


 若い冒険者の男女が、たちまち三人の周りに押し寄せてきた。

 何しろ彼らは魔神王を倒した勇者パーティーでもとくに有名で、冒険者稼業でその名を知らぬ者はいない。リシャールやロザリンデは高貴な生まれなので、こういったことには慣れているが、貴族になってまだ2年のエノーは、自分が有名人になった自覚がまだ薄く、黒山の人だかりに困惑するばかり。


「おっとと、仔猫ちゃんたち、僕を見ることができて嬉しいのはわかるけど、触っていいのはかわいい子ちゃんだけだよっ♪ 男は邪魔だからどっかいってほしいな」


 さらっと酷いことを言うリシャールだが、それでも大勢の女子にとって彼は憧れの的だし、中には「冷たいけどそこがいいの!」と宣う淑女もいるのだからすさまじい。

 とにかくエノーは、せっかくなので若者たちの相手をリシャールに任せ、彼自身はロジオンに会うために、手が空いてそうな従業員を呼び止めることにした。


「そこの君、忙しいところちょっといいか」

「はいお客様、当店にどのような御用でしょうか」

「このお店の主……ロジオンはどこにいる?」

「ご主人様に御用でしたら、店の裏が邸宅になっておりますので、そちらにお回りいただいてもよろしいですか」

「わかった、ありがとう」


 教えてくれた従業員に、エノーはチップとして銀貨を一枚ポンっと渡すと、リシャールとロザリンデにロジオンが店の裏の邸宅にいることを伝える。


「これだけの規模のお店ですからね、大きな商談はそちらで行うのでしょう」

「じゃあ二人はちゃっちゃと居場所聞き出してきて。俺はこの子たちとお昼を食べてくるからさ」

「勝手にしてろ」


 リシャールは、かわいい女性冒険者を5人ほど引き連れて、勝手に昼飯を食べに行ってしまった。エノーは「何しにここまで来たのか言ってみろ」と罵りたくなる気持ちを抑え、リシャールに選ばれなかった女の子に囲まれる前に二人で店を出た。


「せっかくロジオンさんも含めて、お昼を食べようと思ったのですがねぇ」

「いやいい、あいつは料理に文句しか言わないから、一緒に食べると飯がまずくなる」


 もともと平民出身のエノーは、どうも公子のリシャールとは反りが合わないようだ。

 一緒にいるとイライラすることばかりだが「あること」の為には、彼を連れていくほかない。もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせつつ、エノーは馬を引いて大通りから路地に入り、店の裏手に回った。大きな店の裏は簡素な集合住宅になっており、ロジオンの邸宅はその一階部分にあった。


「あいつ、店ばかりに金をかけて、家に使う金がなくなったか?」

「あら、エノーはこういった家の方が好みでは?」

「そうともいう」


 などと冗談を言いつつ、エノーはウサギ型のドアノッカーで扉を叩き「ロジオン、いるか」と声をかけた。

 返事はなかったが、中からすぐに人の気配と物音が聞こえ、扉が開いた。

 ――――だが、中から出てきた人物はロジオンでもなければ、妻のサマンサでもなかった。


「おー、やっと来たか二人とも。遠いとこわざわざごくろうさん」

「ボイヤール!? な、なんでお前がいるんだ!?」

「え、えぇ……」


 エノーとロザリンデを出迎えたのは、目が隠れるほどぼさぼさに伸びた銀髪に、真っ黒な分厚いローブを羽織った、やや不健康そうな見た目の青年…………「大魔道」ボイヤールだった。

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