勇者の碑
アロンシャムの町の郊外には、街を一望できる大きな丘がある。
ここ元々「モルンメンツの丘」という地名で呼ばれていたが、町が復興した後、頂上に「勇者の碑」という大きな石碑が建てられてから、いつしか「勇者の丘」と呼ばれるようになった。
この日も石碑の周りにはぽつりぽつりと人がいたが、その中で天然パーマの赤髪で上あごに薄っすらと髭を生やしている青年が、立派な石碑の周りを箒で黙々と掃除していた。
その赤髪の青年に、二人の人影が近づき声をかけた。エノーとロザリンデだ。
「ようロジオン、手紙に書いてあった通り元気そうだな」
「その声……エノーだな」
ロジオンが箒で掃く手を止め、声をした方を振り返った。
かつて共に戦い、そしていつしか別の道を歩んだ二人は、今ようやく再会したのだ。
3年前、まだ少年のような面立ちだったロジオンは、結婚したからか、それとも髭を生やしたからか、すっかり落ち着いた大人の雰囲気になっていた。
「ふっ、お前こそ元気そうだな。そして聖女様もお久しぶりで……あぁ失礼、聖女様は俺のことなんぞ知らんでしょうね」
「…………いえ、決してそのようなことは。お久しぶりですロジオンさん」
「ははっ! 聖女様に名前を憶えられていたなんて光栄ですな。ま、それで、二人がここに来たということは……」
「ボイヤールと話してきた」
エノーとロザリンデがロジオンがここにいると知ったのも、彼の家でボイヤールから教えてもらったからだ。
なんでもボイヤールは、王都にある館だけでなく、ロジオンの家をはじめ各地に目的別の研究室を持っているらしい。大魔道であるボイヤールにとって、ワープ地点さえ作れば、どれだけ距離が離れようとも、隣の部屋に行く感覚で別の場所の拠点に飛べるらしい。
しかも、ボイヤールは魔術師としての実力が桁外れで、例えば従来では初級・中級・上級の3段階で定義されている炎魔術を平気で5段階目のものをぶっ放し、最終決戦ではあの魔神王を昏睡魔術で睡眠状態にするなど、生半可な実力では手に負えない。
そんな彼がロジオンの家にいたのも、万が一ロジオンにひどい目に合わせようとする輩が来た時に備え、アーシェラが手配していたのだろう。それはつまり、ボイヤールがアーシェラと何かしらでつながっていることを意味し、「無理やりリーズを取り返しに来ようとも無駄」という言外のメッセージを示唆している。
「先生 (※ボイヤールのこと)から聞いているなら話は早い。まずは花は持ってきてくれたかい?」
「もちろんだとも。ロザリンデ」
「ええ」
ロザリンデがその場でおもむろに手を広げると、空中に一瞬光が広がり、彼女の手の中に色とりどりの美しい花が召喚された。
ロザリンデが召喚したのは、「聖花」と呼ばれる死者の埋葬の際に捧げられる花の束だ。
「その、悪かったな……ロジオン。今まで来れなくて」
「勘違いするなよ、謝る相手は俺じゃない」
「ああ、そうだったな」
エノーはロザリンデから聖花を受け取ると、そっと大きな石碑の前に置いた。
丘の上に立つ「勇者の碑」――――それは、勇者リーズを称えるものではない。
巨大な石碑に刻まれた12の名前は、かつて魔神王討伐の際、道半ばにして命を落としたメンバーたちのものだ。その中にはかつての初期メンバーの一人、ツィーテンの名前もある。
「……ツィーテンの姉貴、本当にごめんな。こんなことになるまでここに来れなくて」
「私も聖女として……ロザリンデ個人として、祈りを捧げさせてください」
「勇者の碑」は道半ばで戦死し、何も栄誉を得られなかった仲間たちを追悼するために、元2軍メンバーたちが資金を出し合って作った共同墓地のようなものである。
戦死したメンバーの骨はそれぞれの故郷に眠っているが、ここに来ればいつでも天国に行った仲間たちに会えるという理由で、この石碑を訪ねる仲間は多い。
もちろん1軍メンバーの殆どは、これの存在は知らない。知っているのは勇者リーズと大魔道ボイヤールくらいで、それ以外のメンバーの大半は戦死したメンバーを「途中で脱落した弱者」程度にしか思っていない。
「なんだかな…………俺は黒騎士なんて呼ばれて、ちやほやされて舞い上がってたが、それが今日ほど虚しいと思ったことはない」
失った仲間はもう戻ってこない。
初期パーティーの最年長で、みんなのお姉さん的な存在だった弓使い、ツィーテン。よくリーズと共に男性陣を振り回していたが、いまはもう物言わぬ石碑となっている。
彼女が亡くなったとの知らせがあった日、リーズは一日中泣いていた。エノーも悲しみに暮れたが、リーズが自分の分の涙も流してくれていたと思ったのか、彼は涙を流さなかった――――だが
「……俺は何をやってたんだっ!! 魔神王を倒せば全て終わるなんて……そんなことを考えていた、あの時の俺が馬鹿だったっ!!」
「ああ、その通りだともエノー。もう二度と仲間といっしょに笑えない覚悟で死んだ、彼らの痛みを少しでも考えてみやがれ」
エノーは後悔していた。2年前のあの頃、自分の栄達さえあればほかの仲間のことなどどうでもいいと考えていた自分を、殴りつけてやりたかった。全てが終わり、巨大な功績を立てて、地位と名声を手に入れられさえすればいい……そこがゴールだと信じて疑わなかったのだ。
だがそれは間違いで……アーシェラは逆にそこからが本当のスタートだと考えていた。
「知ってるか? なんでこの石碑が「勇者の碑」と言われるのか。姉貴の故郷では、戦いで死んだ人を「勇者」としてたたえる風習があるんだ。姉貴はな、もし自分がどこかで死んだら、その散りざまを歌にして故郷に運んでくれと常々言ってたんだ。お前にその気持ちが分かるか? 勇敢に戦って死んだ仲間にこそ栄誉をやらないと、次に魔神王が現れた時、もう誰もお前らと一緒に戦わないぜ」
「ああ、返す言葉もないな。そして俺は、またリーズを悲しませようとしている……というわけか」
「わかっていて、お前はそれでもリーズを迎えに行くか?」
「これも仕事なんでな」
二人はしばらくお互いを睨みあったが、やがてロジオンが「わかった」と一言だけ言って、懐から紙を取り出した。
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