画竜点睛を欠く

 イングリッド姉妹の家で、お化粧パーティーが盛り上がりを見せているころ、村長宅の男たちは一刻も早い決着を目指すために、渋い顔をして話し合いを続けた。


「ヤァ村長、やっぱ私は思うんだよ。村長は自分の実力を過小評価してるんだって」

「う~ん……それはないと思うけどなぁ。そりゃ僕だって、やるときはやれるって思ってるけど」


 自信があるはずなのに、何か欠けているせいで確実に勝てると言い切れない。

 アーシェラがそう思う理由を、ブロスはアーシェラ自身が自分に厳しすぎて、理不尽に減点しているせい……要するに、気のせいではないかと踏んでいる。

 アーシェラは、リーズの為なら取りうるすべての手段を講じることができる。そんな彼が行き詰ったということは、出来ることは全てやったとみてよいのだが、それでも何か足りないといわれると、不安しかない。


「これは職人としての俺の経験と勘だが……分からん嫌な予感は、放置すると大抵後で取り返しのつかんことになる。しかもその原因はだいたい、分かってみれば単純でしょうもないことだ。防げるなら、それに越したことはあるまい」


 ディーターの言葉で、彼らはさらに焦燥感を募らせた。

 こうしている間にもタイムリミットは刻一刻と迫っている……アーシェラは早まったのだろうか?

 しかし何度考えても、見落としていそうな点はなさそうなのだ。まるで、完成しているように見える巨大な絵画に、何か欠けている部分があるような、もどかしい気持ちでいっぱいだった。


「う~ん、アーシェラさんはリーズさんのことを想うと、自分でも思っても見なかった考えが浮かぶんだよね。だったらいっそのこと、リーズさんと二人きりでデートしたらどうかな?」

「デート? リーズと?」


 何たる偶然か。フリッツもミルカと同じように、アーシェラに二人きりでのデートを提案した。


「アーシェラさんとリーズさんって、いつも一緒にいるから新鮮さはないかもしれないけど、歩きながらでもいいから、二人でこれから先のことをじっくり話し合うのが確実なんじゃないかと思う」

「ヤーッハッハッハ! それいいね! 丁度2日後に流星群が見れるから、星空デートなんていいんじゃない?」

「俺も賛成だ! お前さんたちは意外とストイックだからな、ロマンチックに燃え上がるのもいいものだぜ!」

「うぅ……改めて考えると、なんだか……その、恥ずかしいね」


 いつも家族のように過ごしているリーズをデートに誘う。

 なんてことなさそうなのに、想像するだけでアーシェラの顔に朱が差していくのが分かる。

 リーズのことだから、アーシェラが誘えば二つの返事で承諾するはずだが、面と向かって言うのはやはり恥ずかしいのだろう。


「ヤァ! きまりっ! 村長はこの後すぐに、リーズさんをデートに誘うことっ! いいね?」

「あっはい」



 こうして、男達だけの会議は「アーシェラがリーズをデートに誘う」ことだけ決定して閉幕した。

 もともと今回の集まりは、男性陣の考えの方向性を再確認する程度の目的だったので、一歩前進できる「かもしれない」と分かっただけでも、大きな収穫とすべきだろう。

 話し合いは2時間半にも及んだ。そろそろ女性陣が返ってくる頃かもしれないと考えた男たちは、各人家の作業に戻るべくアーシェラの家を後にした。


(デートか……いつも通りでいいはずなのに、なんでこんなにドキドキするんだろう)


 二人きりで過ごすことは、もう当たり前になってきているのに――――アーシェラの心のさざめきが止まらない。

 ブロスの予報では、明日の夜はおあつらえ向きに快晴の予想で、黒い夜空を流れゆく星が美しく見える事だろう。


「そういえば前にも、リーズと流星群を見たことがあったっけな。あれはツィーテンが教えてくれたんだったっけ」


 今は亡き友人がかつてのメンバーに見せた、冒険者稼業ならではの光景。それを再び、リーズと見れるのなら……


(さーてリーズ、早く帰っておいで♪ 君を女の子の顔にしてあげよう……なんてね)


 ところが勇者リーズは、なかなか帰ってこなかった。

 1時間……2時間……途中でブロスが知らせてくれたが、どうも何か揉め事が起きて、茶会が長引いているらしい。

 せっかく気を張っていたのだが、そろそろ夕飯の支度をしなければならない時間になってしまった。



「シェラーっ! たっだいまーっ!」

「んっ……帰ってきた」


 陽もすっかり落ちたころ、リーズはようやく帰ってきた。

 一度、バタンと強く扉が開く音が聞こえ、軽い足音が一瞬でリビングを通過し――台所にいたアーシェラに勢いよく抱き着いた。


「えっへへ~! た~だ~い~ま~っ!」

「お、おかえり……火を使っているところに、いきなり抱き着いたら危ないって。ね、リーズ――――」


 きゅっと抱きしめられたアーシェラは、ついにこの時が来たかと覚悟し、ゆっくり引き離そうとリーズ顔を覗き込んだ時…………彼は右手に持っていたお玉を床に落としてしまった。


「ん? どうしたの、シェラっ?」


 リーズが、いたずらっ子のような目をしながら首をかしげる。

 しかしその顔は…………アーシェラが今まで一度も見たこともない、破壊的な可愛さがあった。上気しているような頬、惹きつけて離さない金と銀の双眸、ふわりとした唇……どれもこれも独り占めしたくなるほどに美しい。


「リーズ……その、綺麗になったね……」

「え? なんて? 聴こえなかったからもう一度言って?」

「リーズは……すごく、かわいくて、綺麗になった」

「あ、ごめんシェラ、また聞いてなかったみたい、もう一回♪」

「もうっ! リーズは! とっっても綺麗で可愛くなったってば! 恥ずかしいから何回も言わせないでほしいなっ!」

「えっへへへ~♪」


 リーズにわざとかわいいだのきれいだの言わされ、恥ずかしくなったアーシェラ。最後はちょっぴり怒鳴り気味だったが、リーズは全く悪びれるでもなく、抱き着いたまま彼の胸に顔を擦り付ける。


「ねぇ、ずっとリーズのこと、見ていたくなった?」

「あ……当たり前だよ」

「ホントに! じゃあ、明後日の夜、リーズと一緒にデートしに行こうよ!」

「え!? ちょっ、ちょっと! なんっ!?」


 なんと、デートの予定までリーズに先を越されてしまったアーシェラ。どうやら行動力に関しては、リーズの方が何枚も上手のようだった。


「いやかな?」

「嫌じゃないって! む、むしろ喜んで!」

「じゃあけってーい! 明後日が楽しみだね、シェラ♪」

「わかったわかった! もうすぐご飯になるから、少し落ち着いて待ってて」

「はーいっ!」


 ようやく離れたリーズだったが、アーシェラはしばらくの間顔がのぼせたように真っ赤で、まともにリーズの顔を見れなかった。

 いつになく長い一日が終わろうとしている。二人は果たして、見逃している何かを、見つけることができるのだろうか。

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