14日目 大雨

 村に降り注ぐ雨は強さを増し、すべての窓や扉を閉めているにもかかわらず、家に叩きつけられる雨粒の音が室内に響き渡る。

 どんよりとした空のような陰鬱な空気を、桃の香りがする紅茶で払拭しつつ、リーズとアーシェラは長雨の日のことを語り合った。


「あの頃の大雨も、初めのうちはこんな程度だったな。僕たちはいつもの雨だと思って、それぞれ家の中に籠ってのんびりしていた。けど、違った。雨は3日たっても止まなくて、むしろだんだん強くなってきたんだ」

「それで結局どれくらい降ったの? 北の川が溢れた……とか?」

「いや、それどころか村の周りの低地全体が冠水して、この辺が島になっちゃったよ」

「えーっ!?」


 リーズは被害のスケールの規模に驚き、机の上に広げられた手書きの地図に目を落とす。アーシェラも、説明のために地図の上を指でなぞりながら話をした。


「地図だとわかりにくいかもしれないけど、この村は高台にあるんだ。薬草畑がある場所がちょっと谷になってて小川が流れてるでしょ?あれって毎年の大雨で川の流れが変わったときの名残なんだ」


 今年の夏が始まる前の雨期。

 約10日に渡って降り続けた大雨は、村周辺の平原を氾濫させ、薬草畑を一部水没させた。

 幸運にも、育てていた薬草の被害はなかったが、雨が上がってもしばらくは狩りも釣りも放牧もできず、住民はかなり困ってしまった。

 後さらに5日雨が続いていたら、食料の備蓄がなくなってしまっていただろう。このことを受けて村人たちは、来年こそはきちんと対策しようと決意し、アーシェラを中心に昼夜を徹して話し合った。


「ここにあるのは、対策を話し合った時の資料ってわけさ」

「こんなにたくさん………結構みんな色々考えてるんだ……」


 紙が足りなかったのか、若干雑に織られた布を使って書かれた議事録には、アーシェラの綺麗な文字だけでなく、普段は呑気そうに生活しているブロスやミルカ、それにレスカたちの字がぎっしり書かれている。

 いかに彼らが大雨の被害について危機感を持っていたかがよくわかる。


「そっかー……ここでの生活も、苦しいことも多かったんだね」

「それも全部承知の上さ。苦難をすべて越えて今の生活があると思うと、一日一日を大切にしようって思えてくるんだ」

「一日一日を大切に……か」


 アーシェラの言葉に、リーズは少し考えこんだ。

 今日みたいな雨の日は、早く終わってほしいと思ってしまうが、こんな日でも大切にすることができるのではないかとも思い始めた。

 いつもは家の外で様々な仕事をしている人々は、見張り役のレスカ以外はみんな家に籠っている。彼らが何をしているのかはわからないが、こんな日だからこそできることもあるのかもしれない。


「こんな雨の日は、みんな何してるんだろう。シェラは?」

「ん~……僕は雨の日には、村の備蓄のリストをちゃんとした書類にする仕事をしてるよ」

「それ以外は?」

「あとはまぁ、本を読んだり普段できないところの掃除とかしてるけど、それでも暇だったらわざと時間がかかる料理をしたり、新しい調味料の研究をしたりしてる」

「シェラってば筋金入りだなぁ……」


 アーシェラにとって家事の類は、仕事であり趣味でもあるのだろう。

 時間を浪費しているような気もしないでもないが、普段できないことをやるという点では間違ってはいないのかもしれない。


「リーズだったら、雨の日でもみんなが集まれる場所が欲しいかな。みんなで一日中おしゃべりして、チェスとかで遊んで、みたいな」

「ああ、なるほど。それはいい案かもしれない。村の集会所……デギムスさんに作ってもらうか」


 公共の遊び場を作るというのは、意外にも今まで村になかった発想だ。

 なんだかんだ言って、この村の住人達もことごとくアウトドア派なので、屋内に集まって駄弁るという考えがなかったのだろう。


「もし集会所があったら、何を置こうか?」

「せっかく周りにこんなに自然があるんだから、陶器を作る窯とかあってもいいんじゃない?」

「それいいね。そうだ、ボードゲームを何か置くのもいいかもしれない」

「あ、それとね!」


 こうして二人は、もし集会所を作ったら何を置くかという話題に花を咲かせた。

 せっかくなので、思いついた案を紙に書いていき、いつか実現するといいなと語り合うアーシェラとリーズ。その姿は、まるで新しい家についての夢を膨らませる新婚夫婦のようであった。

 やがて、部屋が暗くなってきたと気が付いた時には「欲しいものリスト」は紙10枚分にも及んだ。


「あはは、いっぱいほしいものできたね!」

「全部はさすがに入らないけれど、これだけあれば雨じゃなくても集会所に足を運んじゃうだろうな」

「よし! リーズも明日から雨の日の過ごし方を考えなきゃ! 来年の長雨で暇にならないためにね!」


 リーズは来年の雨期まで滞在する気なのだろうか?

 そう思いながらも、やはり口に出すのは藪蛇だと感じたアーシェラは、夕飯の支度をする前に机の上の書類を片付け始めた。


「あれ? シェラ、これは?」


 リーズも片づけを手伝おうとしたとき、ふと一枚の書類が目に留まった。

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