14日目:空白
リーズが手に取ってみたのは「連盟状」というタイトルが書かれた一枚の紙だった。
他の書類よりも一際立派な紙には、アーシェラを筆頭に、村人たちの名前の自筆が等間隔で記されていて、何とも言えない厳かな風格が現れていた。
「これ……シェラたちの名前が書いてある」
「ああ、それね。連盟状――なんて書かれてるけど、要は開拓団の名簿さ」
夕食の準備をしながら、アーシェラが名簿のことについて話をし始めた。
「開拓は……常に死と隣り合わせに生きることになる。だから、僕たちはどんな形でも結束の証が欲しかったんだ。そして何よりも、その名簿はこの村の記念すべき一枚目の歴史だから、格好つけたかったんだ」
「ということは、これってパーティーのメンバー名簿みたいなものなんだね」
冒険者パーティーの結束を示す書類。それが「メンバー名簿」と呼ばれるもの。
メンバー名簿には必ず名前をフルネームで書かなくてはならないが、それ以外にも出身地や結成当初の年齢、自身の職業(クラス)などを書き込んだりする。
メンバー名簿はパーティーにとって神聖不可侵で、たとえある日メンバーが離脱しても、名前の横に「退団」とか「殉職」と書くにとどめなければならない。
名簿から名前を消す「除名」処分は、冒険者にとって最も重い罰である。
元冒険者だったリーズにとって、この名前が書かれただけの書類が、村にとっていかに重要なのかをよく理解していた。
「もし……村人が増えたら、名前を付け加えるの?」
「そうだね。下の方に新しい筆跡の名前が二つあるよね。ブロスの赤ちゃんとディーターさんの家の赤ちゃんが生まれた時に書いたものなんだ」
確かに名簿に書かれている名前はちょうど20人。
赤ちゃんの名前は親が書いたようで、姓は父親の、名は母親の筆跡で記されている。
(連盟状…………か)
当然、そこにはリーズの名前はない。あるわけがない。
村人の殆どとはすっかり仲良くなっているのに、自分の手にある紙が「君は村の人間じゃない」と暗に言っているような気がした。けれども同時に、村人が増えれば名前を書けるというアーシェラの言葉が、リーズにわずかな希望をもたらした。
だが、それとは別にリーズはもう一つ気になる点を見つけた。
「この名簿、なんでシェラとミルカさんの名前の間がこんなに空いてるの?」
「…………なんでだと思う? 夕飯ができるまでに考えてみてほしいな」
「むぅ、すぐに教えてくれないのね」
珍しくアーシェラがちょっと意地悪だ。
リーズは連盟状を正面においていろいろと考え始めた。
まず考えられるのは、アーシェラの名前が目立つようにあえて間隔をあけてあるということ。冒険者パーティーのリーダーがメンバー名簿に自分の名前を他より大きく書くことはよくあることだが、アーシェラの性格上そんなところで変な見栄を張ることはないだろう。
となればこの不自然な空欄には、今後何かを書き足す予定があると考えるのが自然だ。それも、単なる情報ではない。おそらくは人の名前が入る予定に違いない。
(行方不明になったミーナとミルカさんの親……とか?)
一瞬リーズはそう考えたが、それも可能性は低い。それなら二人分の間隔があくはずなのに、一人分のスペースしかない。
(でも、シェラのご両親は病気で亡くなったって聞いたし、親兄弟もいなかったはず)
精一杯考えたものの、結局アーシェラが夕飯を用意するまでに、決定的な答えが思い浮かばなかった。
なのでリーズは、破れかぶれでこう答えることにした。
「わかったよシェラっ! ここにはリーズの名前が入るんでしょ! そうでしょっ!」
「そうきたか……」
突拍子もない答えに、アーシェラは危うく運んでいた食器を落としそうになったが、何とか持ち直した。しかし、リーズは意地悪された仕返しとばかりに、アーシェラにいい笑顔を返した。
「なーんてねっ♪ やっぱわかんないや!」
「あぁうん……そうだよね。そこの欄が開いてる理由なんて、単純に「将来副村長が現れた時のため」っていうだけだし」
「あー……ミルカさんが副村長の役を押し付けられるの嫌だったんだ」
もったいぶった割には、かなりしょうもない理由でリーズは若干肩を落とした。
確かにメンバー名簿の2番目は、慣習的にサブリーダーの役割を担うことが多い。かつてのリーズのパーティーでは、エノーがこの位置にいた。
(アーシェラの次……村の2番目。どんな人になるんだろう……)
もしかしたら……将来の副村長になる人というのは、常にアーシェラの隣にいる人……女性だったら配偶者になるのかもしれない。そう思った瞬間、リーズの胸が締め付けられるように痛んだ。
アーシェラの隣に別の人が寄り添う――――そのことがリーズの中で、どうしても納得できない。
そんな悲痛な感情が、彼女の顔に少し出てしまったのだろうか。アーシェラが突然、予想もしなかった提案をしてきた。
「そうだ……リーズさえよければ、記念に名前を刻んでいかない?」
「え……」
そう言って、ゆっくりとリーズに羽ペンを差し出したアーシェラ。
リーズはしばらく呆然とし、ペンとアーシェラの顔を何回も交互に見直してしまった。
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