14日目 雨

 リーズが村に来てから14日目。この日は珍しく、外は雨が降っていた。

 窓から顔を出して、雨の降りしきる外の様子を眺めるリーズの顔は、どこか不満そうだった。


「リーズは昔から雨が嫌いだよね……」

「うん、キライ。なんかつまんないんだもん」

「とはいえ、ブロスとミルカさんが言うには、この雨は明日の夜まで続くみたいだからね」

「そーなんだぁ~……」


 超アウトドア派のリーズにとって、外でできることが限られる雨の日は昔から嫌いだった。

 駆け出しの冒険者だったころは、雨で強風でも平気で探索に出かけていたのだが………長雨が続いた時期に山に入ってしまったせいで遭難しかけ、ロジオンが体調を崩して以来、リーズたちは何となく雨の日は外に出る気分になれなかった。

 それに…………初期メンバーの一人だったツィーテンが帰らぬ人となったのも、丁度こんな雨の日だった。


「これでも今の季節 (※秋中ごろ)は、この辺は雨が比較的少ないはず。これで我慢できなかったら、夏前の大雨が続く日は地獄だと思う」

「え、そんなに雨が降る時期があるの!?」

「そうなんだよ。去年は大雨の後に僕たち開拓団はここに来たけど、今年は対策をしてなかったから大変だったなぁ」

「へぇ~……そんな苦労したんだ。もっと聞かせて」


 手持ち無沙汰だったリーズは、格好の話題ができたとばかりにアーシェラの話に食いついた。

 アーシェラもまた、今日一日はリーズは暇だろうと考え、腰を入れて村の開拓の歴史について話すことにした。


「話す前にお茶を淹れてくるよ。リーズはいつもの桃の香りの紅茶でいい?」

「うんっ! リーズも手伝うね!」


 お茶を淹れるために、アーシェラは茶葉の配合を行い、リーズは術でポットのお湯を沸かす。

 最近リーズはアーシェラにやってもらうだけではなく、自分ができることを積極的にやり始めた。特に、アーシェラは火を起こす術があまり得意ではないので、風呂を沸かすなど熱を使う作業は、リーズの仕事になりつつある。

 彼女はもはや、自分が客の身分であることをすっかり忘れてしまっているようだ…………


 お茶が用意できた二人は、リビングのテーブルに向かい合うように座ると、アーシェラはリビングの棚から取り出した何枚もの紙を、テーブルの上に広げた。


「まず簡単に説明するけど、僕たちがここに来たのは去年の夏のはじめごろかな。リーズも越えてきた北の山の旧街道を抜けて、僕たちは定住の地を探し始めた」


 以前にミルカたちと釣りに行ったときに話していた通り、もともとこの地方には現在の王国に匹敵する別の王国があった。

 ところが魔神王の軍勢と魔神王自身の攻撃により、この地方の大地から文明が死滅し、生き残った人々は船で逃げるか山を越えるかして、バラバラに散っていった。

 そして何を隠そう、アーシェラは元々この地に住んでいた民の生き残りで、幼いころに両親に連れられて山を越えてきたのである。ちなみにリーズは、このことを以前からちゃんと知っている。


「はじめてこの地に踏み入れた時は、さすがにみんなで唖然としたよ。なにしろかつて町があったとされるところは、瓦礫の山と無数のクレーターばかり。川は悪臭を放ちながら濁り、森林には数えきれないくらいの魔獣が住んでた」

「それでもシェラたちは……ここに住むって決めたんだ」

「元冒険者の性かな。手遅れにならないうちに引き返そうかとも考えたけど、この状態から開拓するなんてむしろ燃えるんじゃないかって」

「あははっ! 確かにっ! もしリーズもその中にいたら、絶対に引き返さなかったと思う!」


(そう…………リーズがいたら……)


 机の上に広げられた、開拓の最初期に使った地図を、アーシェラが指でなぞりながら話していると、リーズも、まるで自分も開拓団の一員として、その場に立っているかのような光景を思い浮かべる。


「まあそれで、冬を越した時の苦労話はまた今度するとして、今年の大雨について話そうか」

「やっぱり冬を越すのもつらいの?」

「なにしろこの人数だから、冬になるまでに家の改良が間に合わなくてね……。今年もそろそろ越冬の準備を進めているところだけど、まだ少し不安かもしれない」

「ふふふ、なんだか冒険していたころとおんなじだね」


 何が起こるかわからない。行ってみなきゃわからない。

 そしてやっぱり危険はつきもので…………開拓も冒険も、生きることが何よりの仕事なのだろう。


「じゃあリーズも、これから厚手のコートや雪原靴を用意しないとねっ! あと、冬が来るまでに森に行って野菜果物の採取や、保存用のお肉を狩ってこなきゃ!」

「うん、まあ……そうだね」


 さすがは冒険の知識が豊富なリーズである。越冬に必要な装備や物資が、あっという間に思いつくのは熟練冒険者の証なのだが―――――――

 アーシェラは「この地で越冬する前提で話してるの!?」と思わずツッコミそうになったが、何となく藪蛇のような気がして、言葉を飲み込んだ。


 この調子だと、勇者リーズは当分帰らないかもしれない。

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