5日目 姉妹

 この日も特に変わったことはなく、リーズはアーシェラの薬草畑の世話を手伝っていた。

 冬もそう遠くない季節ではあるが、温暖なこの地域では、日が昇れば秋でもじりじりと気温が上がっていく。そんな中で行う畑仕事に、アーシェラとリーズは半そで一枚になって汗をかいている。


「薬草ってそこら中に生えているものだと思ったけど、育てるのって結構大変なのね」

「育ち切って収穫できるようになれば、もう少し楽になるよ。子供の内は付きっ切りで面倒を見なきゃいけないのは、人も植物も同じなんだろうね」


 アーシェラが余分な枝を剪定し、リーズが木製の如雨露じょうろで水を撒く。

 こうしていると、まるで農作業をしている夫婦みたいだ――――とリーズは心の中でちょっと嬉しく思っていたが、口にするのは何となく気恥ずかしい。

 それに、一人だとつまらないうえに面倒な作業が、アーシェラと一緒なら不思議とそんな気持ちが起きなくなる。アーシェラと一緒に育てた薬草の木が、いつしか立派な姿に成長し、傷によく効く薬になって人々の役にたつのなら…………想像するだけでリーズはとても嬉しくなる。


「リーズが手伝ってくれて本当に助かるよ。でも、魔神王を倒した勇者のリーズに農作業を手伝わせているなんてかつての仲間たちにばれたら、怒られるかな?」

「怒るだなんて……大丈夫っ! シェラを怒るなんて、リーズが許さないんだから!」


 額から流れる汗を手でぬぐい、太陽に負けない明るさでにっこりと笑うリーズ。

 そんな二人がそろそろ作業を終えようとしている時、畑がある小川の向こうの丘から、鍔が大きめの麦わら帽子をかぶった、桃色髪の少女がひょこっと現れた。


「おーいっ! リーズお姉ちゃん、それに村長! こんにちわーっ!」

「あっ! ミーナちゃん! やっほー!」


 女の子が丘の上から元気な笑顔で手を振ると、リーズも負けじと大きく両手を振って返す。

 丘の上の女の子は、村の羊飼い「イングリッド姉妹」の妹の方。リーズからはミーナと呼ばれていたが、彼女の名前はヘルミナ・イングリッドという。ミーナは村人の間の愛称で、出会った時からリーズもそう呼んでいる。肌は日に焼けたのかやや小麦色っぽく、まるでたんぽぽのような、ぽやっとした雰囲気がある。

 彼女も仕事中なのか、あいさつするミーナの周りから小さい黒角の羊がひょこひょこと顔を出し、ミーナと共に薬草畑の世話をする二人を、メェメェ鳴きながら興味津々にのぞき込んできた。


「せっかくですから、お昼一緒に食べませんかーっ?」

「さてはミーナちゃん、最初からそれが目的だね」

「えーっ! なんでわかっちゃったんですか!?」

「ここの丘は放牧コースじゃないでしょ。まあでも、せっかく来たから断るわけにもいかない。リーズ、僕は家にお昼ごはんを取りに行ってくるから、その間ミーナたちと遊んでいてよ」

「うんっ!」


 わざわざ放牧地を大きく外れてアーシェラの家の裏手まで来たミーナ。付き合わされる羊たちも大変だなと思いつつ、アーシェラは家で食べるつもりだったお昼ご飯を取りに行った。

 その間リーズは、ミーナがいる丘に登って、彼女が率いている羊のモフモフな毛並みを堪能する。


「あー……このさわり心地、たまらないっ」

「よかったねー、テテル! ゆーしゃ様にだっこされるなんてぜいたくだよ!」


 テテルと呼ばれた羊は、リーズの腕の中で「メェ」と力強く鳴いた。

 イングリッド姉妹が飼育している羊は、毛並みが茶色く、あまり人間界の中心部では飼育されないタイプだ。白い羊の毛に比べると、見た目が劣るという理由であまり高く取引されないのだが、毛触りはむしろ白い毛の羊よりも格段に柔らかで、撥水性もあり、おまけに乳の味も濃厚で栄養価がある。


「この羊さんの毛で服を作ったら、とっても暖かそう♪」

「うんっ! とっても着心地がよくって、すごく暖かいの! こんどリーズお姉ちゃんにも服を作ったげる!」

「いいの!? ありがとーっ!」


 リーズとミーナは、歳も近く性格も似ているので、初めて会った時からとても仲がいい。特にミーナは、リーズのことをもう一人の姉のように慕っている。

 羊の群れの真ん中で、二人がキャッキャと話していると…………


「あらあら、リーズさんではありませんか」


 優雅な雰囲気の大人の女性が、大型で白い毛並みの牧羊犬を連れて二人のところまでやってきた。

 彼女はミーナの姉、ミルカ。ミーナと同じく桃色の髪の毛で、肌はやや色白。妹がたんぽぽに例えられるなら、こちらはまるで白百合のようで、村人というよりもどこか高貴な出で立ちをうかがわせる。


「ミルカさんっ! こんにちわ!」

「ええ、ごきげんよう」

「あっ……その、ごきげんよう……」

「まあまあ、ここはちっぽけな村なのですから、自然体で大丈夫ですわ」


 一応末席とはいえ貴族の生まれであるリーズであるが、庶民なのに自然体で高貴な雰囲気を醸し出すミルカ。ミルカと出会うと何となく負けた気になるらしく、リーズは若干彼女に苦手意識を持っている。

 しかしミルカはこう見えて、意外にもサボり魔で……山羊を外敵から守る役目をしているのに、しょっちゅう別のことをしていると悪い意味で評判でもある。

 ただし本気を出した時の彼女は、村の門番より強いと言われているが…………


「いかがですか村長とのご新婚生活は?」

「し、新婚だなんてそんなっ! リーズはまだ、その……結婚もしてないし、そのっ!」

「まあまあ、御馳走様ですわ」

「お、おねえちゃ~ん……あんまりいじめないであげてね?」


 魔神王すら撃破したリーズ…………それをここまでいじるミルカは、なかなか大物なのかもしれない。

 そんなこんなで3人仲よく談笑していると、ようやくアーシェラがランチボックスを片手に戻ってきた。


「やあミルカさん、今日もサボってないよね?」

「あらあら村長。前から言っています通り、私の本業は山羊のお世話ではないですから♪ これはあくまで「趣味」ですわ」

「聞かなかったことにしましょう。さ、みんな、お昼にしようか」

『待ってましたっ!!』


 太陽はすでに天高く昇り、空は雲一つない快晴。こんな日は外でお昼を食べるに限る。

 リーズとアーシェラそれにイングリッド姉妹は、山羊の世話を牧羊犬に任せ、丘の上にマットを敷いてランチボックスを広げた。

 ミックスサンド――――という名の、朝食の余りを再度味付けして作った再利用サンドイッチと、この前仕留めた魔獣のお肉の角煮、それと定番のキノコマリネサラダがぎっしり詰まった、まさに食の玉手箱。

 アーシェラとミルカが微笑ましく見守る中、妹キャラ二人がリーズのようにもぐもぐ遠慮なく食べる。


「リーズお姉ちゃんが村に来たとき、私はてっきり新入りの冒険者さんが来たのかと思っちゃったけど、あの魔神王を倒した勇者様なんだって知ってびっくりしちゃった!」

「そうそう! リーズが村に来たとき、たまたま村の外にいたミーナちゃんとミルカさんにシェラの家を案内してもらっちゃったよね! 本当にありがとうっ!」

「あの時はいきなり来たから、僕もびっくりしたよ。でも、ミーナのおかげで、こうして僕はまたリーズと一緒に過ごすことができた。僕からも感謝するよ」

「えへへ~、リーズおねえちゃんと村長に褒められちゃった!」

「私も村長に一応確認すべきかとも思いましたが、少なくとも悪い人ではなさそうでしたので、そのまま行かせましたの。村長の驚く顔を想像するだけで、とても楽しめましたわ♪」


 リーズがアーシェラの家に真っ先に来ることができたのも、村の前でイングリッド姉妹に出会い、アーシェラの家を教えてもらったおかげだ。

 本来外部の人が滅多に来ることがないこの村は、知らない人物が入るのに本来は村長アーシェラの許可が必要なのだが、ミルカはリーズのことを知っていたので、あえてアーシェラには知らせずに彼女を村に入れたのだった。

 もっとも、ミーナは初めリーズのことを知らなかったので、新しい人が来た程度にしか思っていなかったのだが、あとでミルカから世界を救った勇者だと教えてもらった時にはとてもおどろいていた。


「えっへへ~、ミーナちゃんはリーズが勇者だってわかっても、仲良くしてくれた。それがリーズにはとっても嬉しいの!」

「だって、リーズお姉ちゃんとお話したりしていると、とっても楽しいんだもん! 勇者様だからって、私とお友達になっちゃいけないなんてことはないよね?」


 誰とでも仲良くなれるのはリーズの良いところの一つだが、ミーナとは特に気が合うようだった。歳が近いというのもあるが、魔神王を倒した勇者相手でも委縮せずに話すことができるミーナの天真爛漫さが、リーズは気に入ったのかもしれない。


「そうだリーズお姉ちゃん、午後はなにかやることある?」

「午後? 別に何もないけど?」

「だったら、あとで川に釣りに行かない? 私が釣り竿作ってあげるから!」

「釣り! いいね、行く行くっ!」


 午後、リーズに予定がないことを確認したミーナは、リーズを釣りに誘った。

 しかし、アーシェラは「釣り」という言葉にミルカがクワッと反応したのを見逃さなかった。


「……申し訳ないけど、ミルカさんの「釣り」に付き合うのは、すぐには難しいかな」

「存じていますとも。ご客人に私の仕事を手伝わせるわけにはいきませんから」


 昼食を食べながら和気藹々と語り合うリーズとミーナを、ミルカはどこか羨ましそうに、目を細めて見守っていた。

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