6日目 森
狩猟用の罠を一通り見終わったリーズたち一行は、いよいよ狩りをするべく木々が密集する場所に赴いた。
人間の手が全く入っていない深い森は昼間でもほの暗く、地面も背の高い草でおおわれている。下手に奥まで入ってしまうと、戻ってくるのに一苦労しそうだ。
ミネット号は一旦安全な場所に置いて、代わりに荷車に積んでいた武器や防具を手に取り、獲物を求めて木々の間へ分け入る。
4人はまず進むための隊形を組んだ。ブロスが先頭を進み、その数歩後ろをリーズとアーシェラが続き、ユリシーヌが最後尾で後方の警戒を行う。
(さーて、何が出るかな♪ またこの前みたいな大きいのが出ないかな?)
リーズにとっては久々の冒険であり、未知の場所を進む喜びと緊張に心を躍らせた。
だが、今から行うのは本格的な狩猟…………嬉しさを声に出したい気持ちをぐっとこらえ、リーズはアーシェラのすぐ隣を黙々と進んだ。
時折アーシェラの顔をちらっと覗けば、彼もまた楽しそうな笑顔を見せてくれた。
が、せっかくリーズが喋るのを我慢して作った静寂は、すぐに打ち破られてしまう。
「ヤァぁゆりしー! 私たちがこうして二人一緒に森に入るのも久しぶりだねぇ!
前に一緒に狩りをしたのは何時だっけー? 10日くらい前だっけー?」
「16日前よ」
「そだっけ? ヤッハッハッハッハ!」
「あの~……ブロスさん?」
狩猟のプロであるはずのブロスとユリシーヌは、隠密行動などどこ吹く風とばかりに、陽気な声で会話をしていた。これにはリーズも驚きを隠せなかった。殆どの野生動物は、ちょっとでも人間の気配を感じると逃げてしまうので、行動中に大声で話すなど言語道断である。
リーズも駆け出し冒険者の頃は、食糧確保のために野生動物を追ったことが数えきれないほどあり、その苦労はよくわかっているつもりだった。ところがどうも、この周辺では事情が異なるようだ。
「その、あんまり大きな声で話すと、獲物逃げちゃわないの?」
「ヤッハッハ、その心配はご無用っ! この辺にいるのは殆ど「魔獣」だから、人の気配がするとむしろあっちから向かってきてくれるんだよね! ヤハハ、猟師にとってはとっても助かるよ!」
「う~ん、そりゃ猟師は獲物が向かってきて嬉しいだろうけど、普通の村人は歩くだけでも危ないんだからね?」
「そっかぁ……それはそれで大変なんだね」
そんなことを話しながら、気配を隠すことなくがさがさと草をかき分けながら進んでいくと、ブロスとユリシーヌが後方からわずかに音と気配を察知した。
「ゆりしー」
「わかった」
そしてワンテンポ遅れてリーズとアーシェラも、ほぼ同時に後ろを振り向いた。
「シェラ、何か来る!」
「あぁ」
だが、二人が音のした方を向いた時には、ブロスはすでに装填済みの軽クロスボウを発射しており、ユリシーヌも目標の方向にためらいなく飛び出していた。
ブロスの放った矢は、数メートル先の木陰から人間の集団目がけて突進しようとしてきた鹿の魔獣の額を直撃する。魔獣は即死こそ免れたものの、額を射抜かれてよろめく。そこに、間髪入れずユリシーヌのダガーが首筋を突き刺し、神経の集中している個所を切り裂いた。
こうしてブロスとユリシーヌの連携により、鹿の魔獣はものの数秒で倒された。
「す、すごいっ!! 二人とも息ピッタリだった! 本当に仲がいいんだねっ!」
「ヤハハ、勇者様に褒められちゃったよ! すごいでしょ、私とゆりしーのコンビネーション!」
「これくらい当然……でも、リーズさんに褒められるとなんだか嬉しいわ」
二人の連携を見たリーズは心から彼らの腕前を称賛した。
もちろん勇者パーティーには、彼らより凄腕のレンジャーは何人もいたが、
リーズは彼らと比べることは全くせず、心から二人に尊敬のまなざしを向けている。
(やっぱりリーズは褒め上手だなぁ。だからみんなリーズに心を開くんだろうな……)
リーズは最強と呼ばれても全く慢心することなく、素直に人のいいところを褒めることができる。これもまた、彼女が勇者になれた要因の一つなのかもしれない。
アーシェラがそんなことをしみじみと感じていると――――
「ねぇシェラ! 今度はリーズたちも息がぴったりなところを見せてあげようよ!」
「んっ……よし来た。ブロス達ばかりにいい格好させられないからね」
突然リーズがアーシェラの手を取り、自分たちも連携して戦うところを見せるのだと言うではないか。
アーシェラは一瞬だけ言葉に詰まったが…………リーズに余計な不安を感じさせたくないと思い、すぐに承諾した。
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