6日目 林

 ブロスの家がある村の南には、それなりの広さの森林が広がっている。

 木々がまばらな場所と密生している場所が入り混じっており、狭い場所で随分と生物の生息域が違うのが特徴だ。

広葉樹の葉は少しずつ色付き始めており、落ち葉も地面が見えなくなるほど積もっていた。


 リーズたち4人は荷車「ミネット号」を牽きながら、ユリシーヌの案内で開けた木々の間を歩く。

ブロス達と合流するまでは眠そうだったリーズも、ユリシーヌと語り合っているうちにいつものテンションを取り戻していた。


「ミルカさんと釣りを? それで釣竿が必要なのね」

「そうなの! ミルカさんが言うにはね、本当の釣りは遊びじゃなくて戦いなんだって!

戦いに赴くからには、きちんとした武器つりざおを作ってきなさいって!」

「あの人らしいわね」


 釣りのことになると一切妥協しないミルカと釣りをするために、それなりの釣り竿が必要なことをリーズが話すと、ユリシーヌは無表情ながらもやや呆れていた。

 ミルカは村人たちの中でもかなり協調性に欠ける人物ではあるが、やることはきちんとやっているし、他の村人に迷惑をかけているわけではないので文句の言いようがない。

 それに、この開拓村に棲む村人たちは誰も彼もが、アーシェラも含めて何かしらの事情があってこんな辺境まで逃げてきたのだから、そのあたりはお互いに詮索しないのも暗黙の了解だ。


「でも、そんなミルカさんに、真正面から挑もうとしているリーズさんも変わってる」

「う~ん、そうかなぁ? せっかく仲良くなれたんだから、リーズもっともっと仲良くなりたいの!」

「ふふ、リーズはとっても仲間想いだったからね。ミルカさんが、釣り仲間がいないって聞いて、いてもたってもいられたなっかったんだよ」


(そう……それこそ、わざわざこんなところまで会いに来てくれるくらい……)


 村に来てまだ数日しか経っていないにもかかわらず、ミルカやユリシーヌなど他人と壁を作りがちな村人たち相手でも、いつの間にか自分のペースに巻き込むように仲良くなっていくリーズ。

 閉鎖的で権謀術数が支配する王国貴族社会にいたにもかかわらず、昔と変わらない彼女を見て、アーシェラは改めてリーズがこの村に来てくれてよかったと感謝した。



「ヤァヤァ諸君! まずは私のお手製の罠の成果をご覧に入れようか!」


 リーズたちが狩猟のために森に立ち入ってまずやることは、動物用罠の確認だった。

 ブロスが自作したいくつかの罠に、獲物がかかってないかどうか確認するのが毎朝の日課なんだそうな。

 生息する野生動物や魔獣たちが立ち寄りそうな場所を見極めて仕掛けた罠は、

この森の中だけでも22か所もある。これを全部見て回るだけでも大変時間がかかる作業なので、ブロスもユリシーヌも毎朝とても早起きなのである。


「シェラ、ブロスさん。なんだかここの罠って、リーズが見たことがないものばっかり!」

「やっぱり珍しいって思うよねリーズ。これらはもともと北の地方で作られた罠なんだ」


 リーズが気になったのは、ブロスが自作したという変わった形の罠だった。

 普通動物用の罠と言えばトラバサミや落とし穴と相場が決まっているのだが、ブロスの罠は円筒形の木製の筒に、細いロープの輪がかかったような形をしている。


「ヤッハッハ! それは括り罠ってゆーんだけどさ! 動物をあまり傷つけないし、

間違えて人が引っ掛かってもケガをしないように開発されたんだけど、あまり耐久性がなくってさー!」

「動物や人を傷つけない罠か~……そんなのがあるなんて、リーズも知らなかった」

「特に村の人が間違えて引っ掛かっちゃったら困るからね」


 ブロスが言うには、この新しい形の罠は、木の筒に獲物が足を踏み入れた瞬間にばねが作動して、ロープが足に絡みつく仕組みになっているらしいのだが、残念ながらロープの耐久の問題で大型の野生動物や魔獣には効果がないらしい。

 しかしながら、平地に仕掛けてある防衛用の罠と違い、森に仕掛けてある罠は村人でも判別が難しいので、間違えて引っ掛かって大怪我をする罠をできる限り作りたくないのだそうな。


「リーズもこの村に来たときに見たかもしれないけれど、村の周囲にある魔獣退治用の強力な罠は、ミーナが飼っている羊たちも危ないから、通るときはミルカさんがわざわざ上から板を敷いているんだ」

「えっ! ってことはあの時ミーナちゃんに案内してもらわなかったら、リーズはケガをしていたかもしれなかったんだ!?」

「まあまあ! あの防衛用の罠は人間に対してはわかりやすくしてあるから、よっぽど注意散漫かバカじゃなきゃ引っかかることはないよ! ヤーッハッハッハ!」


 確かに、先日の暴れ大型魔獣の襲撃では、逃げる小型肉食魔獣が次々に罠にかかって無力化していた。あれがなければ被害がもっと大きくなっていたかと思うと、ほのぼのとした開拓村が実際はそれなりに危険な場所だということがよくわかる。


 そんなことを話しながら、あちらこちらに設置してあるいろいろな罠を見て回ったが、この日はどこにも獲物がかかっていなかった。それどころか、壊された罠もあった。


「う~ん、残念っ! 今日は罠に何もかかっていなかったよ、ヤッハッハ! ま、こういう日もある!」

「獲物が取れる日の方が少ないけど」

「ヤァヤァゆりしー、それは言わないお約束だよっ」


 ブロスは「惜しい!」という表情をしているが、ユリシーヌによればこのあたりの動物は比較的賢いので、罠にかかることはあまりないらしい。それでもブロスは罠猟をあきらめることはない。

これもまた、彼なりの動物や魔獣との戦いなのだ。

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