6日目 狩猟

 リーズとアーシェラは、先日ブロスと狩猟に行く約束をしていた。

 ところが、想定外の大型魔獣の襲撃で村の外にある罠がいくつか壊れてしまったのと、大型魔獣の肉を保存するための作業をしなければならなかったせいで、延期になってしまっていた。

 そして、前日にようやくブロスの作業が一段落したので、改めて狩猟に出かけることになったのだ。


「は~ふぁっ……まだ眠いよぉ、シェラ」

「あはは、リーズってば昨日から狩りが楽しみで夜眠れなかったからね」


 二人はそろって村の端にあるブロスの家に向かうのだが、時刻はまだ陽が昇ったばかりで、いつもよりだいぶ早く起きたリーズは、眠そうに瞼をこすっている。

 集合場所であるブロスの家の前では、すでにブロスともう一人の女性が準備万端で立っていた。


「ヤァ村長! ヤアァリーズさん! おはざっすっ! ヤッハッハ、朝早くてお眠ですかな?」

「あ、ブロスさん! お、おはようございますっ!」


 アーシェラの前では眠そうにしていたリーズだったが、ブロス達の姿を見ると慌てて眠気を覚まして挨拶をする。

どうやら、勇者としてあまり恥ずかしいところを見られたくないのかもしれないが、ブロスはまったく気にすることなく、独特の笑い声で迎えてくれた。

 いつも着ている迷彩柄が入った緑の服に加え、背中には長弓と軽クロスボウを背負っており、いつでも出かけられる準備ができているようだ。


 それに加え、今朝は普段あまり見ない人物がブロスの横にいる。


「ブロスさん、この人は?」

「ヤァ、紹介しよう! 私の妻のユリシーヌだっ! 気軽にゆりしーって呼んでやってよ!」

「……よろしく」


 ブロスの隣にひっそりと立つ小柄な女性が、つぶやくような声であいさつをした。

 黒いおかっぱの髪の毛に、やや痩せ型の体をブロスとお揃いの迷彩柄ローブで身を包んでいる。顔は一見するとどこにでもいそうな特徴のなさそうな顔だが……その顔には表情がほとんど現れていない。そして、眼光だけが一際鋭く、見つめるだけで物を斬りそうだと思えるほどだ。


「ゆりしーは無口だけど、話してあげると喜ぶから、仲良くしてほしいなっ」

「そうなんだ。リーズだよ、よろしくねっ!」

「ええ、こちらこそ」


 ユリシーヌは極端に口数が少なかったが、リーズが手を出すと素直にうなずいて、握手を交わした。

 実はユリシーヌは、以前リーズが大型魔獣を仕留めた日の宴会に参加してはいたのだが、アーシェラやイングリッド姉妹、それにレスカたちとの話に夢中でほとんど顔を合わせていなかった。

それに、腐りやすい内臓の燻製作業も行っていたので、余計顔を合わせる機会が少なかったのだ。


「ヤアヤア、さてさて、今日はリーズさんもいることだしっ、ちょっと難しめの獲物でも狙ってみようかな。それと、釣り竿の素材が欲しいんだっけ?」

「そうなの! 何かいいものないかな?」

「大丈夫、私に心当たりがあるわ。任せておいて」


 そう、今回は狩猟に行くのと同時並行で、ミルカと釣りをするために使う釣り竿の素材を調達することにしたのだ。

 どうもミルカの行う釣りはなかなかハードなようなので、しっかりとした素材でできた釣り竿が必要になる。目当ての素材が見つかるかどうかはわからないが、幸いユリシーヌがそういった素材がある場所を知っているようだった。


「えっへへ~、ねぇシェラ! 狩りと素材採取なんて、まるで初めて冒険に出たときみたいだねっ! なんだかリーズも懐かしい気持ちになってきた!」

「懐かしい、か。じゃあ、すぐにもっと懐かしい気持ちになるかもね」

「……? どういうこと?」

「ねぇ、ブロス。狩りに行くなら当然使うよね」

「ヤッハッハ! もちろんさ!」


 そう言ってブロスは、一度その場を離れると、すぐに建物の陰から用意してあった二輪の荷車を牽いてきた。

 一見すると、どこにでもありそうな木製の荷車で、車輪以外が腐食防止の白ニスで塗られており、両脇と後ろだけに申し訳程度の手すりが付いている。塗装でごまかしてはいるものの、車体は全体的にボロく、黒く塗られた車輪だけ新しく取り付けたようだった。


「あれ? これって……」

「さあ、なんだと思う?」


 リーズは、この何の変哲もない荷車にどこか見覚えがあった。


「……あっ! これもしかして『ミネット号』!?」

「ふふふ、よくわかったね。だいぶ改造しちゃったからわからないかもって思ったけど」

「わああぁ! なつかしいっ!」


 この荷車の正体は、リーズとアーシェラがまだ冒険者だったころに使用していた思い出の品だった。

 大きな獲物や大量の素材を持ち帰るための運搬器具として、かつての仲間ロジオンが実家からただで譲り受けたもので、当時金欠で懐に余裕がなかったリーズのパーティーは、こんな古い荷車でもないよりはましと大切に酷使していた。

 「ミネット号」と名付けたのは、荷車を持ってきたロジオンであり、どうも当時実家で飼っていた猫の名前を付けたようだった。


「魔神王討伐の旅以来ずっと見ていなかったけれど、こんなところでまだ使われていたんだ~…………なんだかうれしいな!」

「さすがに車輪はダメになっちゃったけど、車体は今でもこうして十分役立っているんだ。ま、使っているのは殆どブロスやユリシーヌさんだけどね」

「ヤアァリーズさん、私もその話は聞いてるよ! この荷車には私たちがここに引っ越すときもお世話になったし、今でも村のために頑張っているよっ!」

「そうなんだ…………えへへ、久しぶりだね、ミネット号♪ 会えてよかった!」


 久しぶりにアーシェラと一緒に冒険者の真似事ができるだけでもワクワクが止まらなかったリーズは、思いがけない再会に更にテンションを高めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る