旧友

 隊商が村に来た日の夜。アーシェラの家では、珍しく5人が食卓を囲んでいる。

 もともとそれなりに大きい机なので、横に3人並んでも食事に支障はなかったが、今回はリーズの提案で、紫髪の少女に上座に座ってもらうことになった。

 少女の顔立ちや背格好はやはりツィーテンに似ているが、性格は控えめのようで、家に来てから彼女は恐縮しっぱなしだった。


「それにしても、まさかツィーテンに妹がいたなんて、今日初めて知ったよ~!」

「あの人も……いや、僕たち全員自分の家族のこと一切話さなかったからなぁ」

「だよな。家庭がまともなのは俺だけだったしな」

「まさか妹さんも冒険者を目指すなんて、これも血筋かしらね」

「は、はい……その、姉がお世話になりましたっ」


 少女の名前はフィリル。ツィーテンと9歳も年が離れた妹だ。

 実はツィーテンの実家は貧乏子だくさんで、彼女の下には7人も妹弟がいるらしい。

 戦後彼女の家には褒賞という名の見舞金が(アーシェラから)支払われたが、この先食いつぶしていくわけにもいかないということで、フィリルも出稼ぎに出ることになったのだという。


「姉から聞いた通り……村長さんのお料理、とっても美味しいですね」

「へぇ、ツィーテンは僕の作った料理のこと、手紙に書いてたんだ」

「そうなんですよっ! 私たちは節約してあまりおいしいもの食べれないのに、姉さんは必ず手紙においしい食べ物のことを細かく書いてたんですよ! ひどいと思いませんか?」

「ははは、きっとお姉さんも、妹に故郷の外に冒険させたかったんだよ、きっと」


 確かに、ある意味酷い話ではある。

 いまも食卓には、いつも通りの黒パンとマリネサラダがあり、それに加えてよく煮込まれたポトフと、リーズが釣ってきた魚のムニエルがある。

 特に川魚のムニエルは絶品と言うほかなく、やや淡白な味が香草とバターの味で見事に引き立てられ、秘伝の調味料をのせて食べると、思わず舌が蕩けてなくなってしまいそうだった。

 このおいしさを手紙で事細かに伝えるとは、鬼と言うほかない。


「おいしいでしょ~! リーズはシェラの料理を毎日食べられるだけで、と~っても幸せぇ♪」

「お前、また腕を上げたよな…………俺がパーティーにいたころより、明らかに旨いぞ!」

「このポトフ、後でレシピ教えてください! 200ターレルで買いますから!」

「こんなに……こんなにおいしい料理食べたの、初めてです…………!」

「お代わりもあるから、どんどん食べてよ。フィリルも、明日から僕たちの村の一員だから、しっかり食べて、しっかり働いてもらわないとね」


 そう、フィリルは明日から村の一員になる。

 正確には、この後の働き次第で正式に村人として迎えるかを決めるが、頑張り屋の彼女ならすぐに村の生活になじむだろう。冬の間は、少しでも人手が必要になるので、駆け出しとはいえレンジャーの彼女がいてくれるととてもありがたい。

 このためにロジオンは、以前からアーシェラにフィリルの移住を打診していた。彼女は当分の間ブロスの家に泊まり込み、夫婦から村での仕事を徹底的に教え込まれることになる。


「でも、ロジオンは優しいね。ツィーテンの妹さんのお世話をしてあげるなんて」

「いや……そうとも言えないよリーズ。駆け出しの冒険者を、冬の開拓村に派遣するなんて、なかなか厳しいことするなと僕は思うよ」

「あっはっは! バレた? けど、フィリルならきっとやってくれると俺は信じている! がんばれよ!」

「は……はいっ!」


 こうして、この冬にまた新たなメンバーが開拓村に加わる。

 まだ危険な場所も多いため、それなりの腕前の人物しか受け入れられないが、将来この周囲が安全になれば、村人もどんどん増えるだろう。

 村の未来に思いを馳せながら、アーシェラの料理に舌鼓を打つ5人。

 話題は途中から、リーズが村に定住するまでの一部始終についてとなり、その凄まじい内容に、マリヤンもフィリルも驚きを隠せなかった。


「私の知らないところで、そんな面白いことがあったんですね!」

「リーズ達もすっごく大変だったんだよっ! あの変態公子がシェラのことをバカにしてた時、リーズは何度も殺してやろうかと思ったことか!」

「で、でも……お二人が結ばれてよかったですね。姉もきっと喜んでますよ」

「だといいね。いつか僕たちも、故郷のツィーテンのお墓にお参りに行きたいね」

「でもロジオンさん、もう少し話してくれてもよかったじゃないですか」

「こういうのは本人たちから聞くのが一番面白いんだ!」


 どうやらロジオンは、まだ周囲の仲間に、リーズとアーシェラが結ばれたことを、殆ど話していないらしい。確かに、本人たちから話した方が面白いというのもあるが……

 それ以上に「ある計画」がなるべくばれないように、話す相手を絞っているのである。


「ああそうだ。エノーとロザリンデは、今も各地の神殿を巡る旅をしてるぞ。なんでも、各地の病気や重いけがを治療してまわっているらしいが、ロザリンデは「これも勇者様のおかげです」とか言っているらしい」

「二人とも元気でよかった! でも、リーズのおかげって?」

「きっと、リーズの真心がロザリンデの心に響いたってことなんだろうね」

「だったらシェラのおかげでもいいと思うんだけどな~」


 リーズは知る由もないが、ロザリンデが「勇者様のおかげ」としきりに口にしているのは、エノーともども「もう自分たちは王国側の人間じゃない」ことをアピールする狙いがあるのだろう。なんだかんだで、リーズのネームバリューはまだ大きい。


「で、肝心の王国なんだがな…………表面上は平和そうに見えるが、商人同士の話では、宮廷内で何かいろいろもめているらしい。何が起きてるかまではわからないが、どうやらリーズがいなくなってから、元冒険者たちのまとめ役がいなくて混乱しているそうだ」

「私もこんな話を聞きました。勇者様が王国領を長い間巡回していないせいで、各領主の領地や王国直轄の農村で、今まで無理やり抑えていた重税の不満が出始めているみたいです。王国軍は、各地で威嚇行動のためにしきりに訓練を行っているようですが、いつ反乱がおきてもおかしくなさそうです」


 ロジオンとマリヤンの話を聞いて、リーズとアーシェラはちょっとだけ顔を見合わせた。

 どうやら、彼らの水面下での計画は着実に進んでいるようだ。


「う~ん……リーズもちょっとだけかわいそうだと思っちゃうけど、もう戻る気はないもんね」

「リーズがいないだけで国が亡びるなんてことはないよ。あるとしたら、リーズのせいじゃなくて、もともと滅びそうだっただけだから…………」

「おう! それな! あいつらも一度痛い目見やがれってんだ!」


 こうして、久しぶりにロジオン、マリヤンと話ができたリーズとアーシェラ。

 翌日には二人は帰っていき、代わりに村の住人となったフィリルが共に歩んでいくことになる。


 リーズは気が付いていないが、彼女が村に来てからこの日で45日が経過していた。

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