晩秋

 長い秋が終わりに近づき、短いながらも冬が始まろうとする頃。

 この日リーズは、朝早くからミルカ、ユリシーヌと共に渓流に釣りをしに行っていた。それなりの数の川魚と、周辺でとれる野草や果実を採取した彼女たちは、ほくほく顔で昼過ぎの村へと帰ってきた。


「えっへへへ~♪ 大漁、大漁! 今日は~シェラにお魚をムニエルにしてもらうんだ~♪」

「いい腕だったわリーズ。これで、魚を燻製にすれば、食料は当分安心ね」

「あらあら、それはどうでしょうか? 食いしん坊の方が村に来ましたから、むしろ足りなくなりそうですわ」

「むぅ! り、リーズはそこまで食いしん坊じゃないよっ!」


 釣竿を引っ提げて、3人並んで軽口を言い合いながら歩く。

 今やリーズは、完全に村の一員として周囲に溶け込んでおり、かつて勇者だった時のような威厳は微塵も感じられない。


 エノーとロザリンデが村を旅立ってからどのくらい経っただろうか。

 リーズは、まるで昔から住んでいたかのようにアーシェラの家で暮らしている。

 時にはこうしてアーシェラと別行動をする日もあるが、特に理由がない限り、リーズは何時もアーシェラの横にピッタリ寄り添っている。


 3人が村の門まで近づくと、いつも静かな村が今日は少しにぎやかな雰囲気になっていることに気が付いた。

 よく見ると、村に続く平地に刻まれているたくさんの轍が、新しく刻まれたもので上書きされており、

更に馬や牛の蹄の跡がたくさん残っていた。


「あれ? 村に何か来てる?」

「まあ、二月に一度来る隊商さんたちがいらしているようですね。今日がその日でしたか」


 そう、開拓村には2か月に一回、山向こうの地方から小規模な隊商がやってきて、

村で保管している魔獣の素材を引き取ってもらう代わりに、必要物資を仕入れてきてもらうことになっている。

 特に小麦粉や油といったものは、村では殆ど取れないので、彼らからの補給が命綱だ。

 一方でこの地方の魔獣は強く、良い素材を落とす個体が多いので、商人たちも冬の旧街道を通ってここまでくる価値はある。

 もちろんここに来る商人たちは、全員アーシェラとの知り合いで、中には元2軍メンバーだった者もいた。


「あぁっ! マリヤンっ! マリヤンがいるっ!」

「え? その声、もしかして勇者様ですか!?」


 10台の馬車が並び、荷物を整理している人々の中に、リーズは見知った顔を見つけた。

 オレンジっぽい髪の毛を両側で三つ編みのおさげにした女性が、リーズの声に気が付いてはっと顔を上げた。

 皮の防風頭巾をかぶり、厚手の服の上から作業用エプロンをしている、20代後半の女性商人マリヤンは、かつてパーティーでは女性騎兵として活躍していたが、現在では旅商人になって各地の街を回っている。


「久しぶりだねマリヤン! 去年の春に馬車に乗せてもらった時以来だねっ!」

「はわわ! まさか勇者様がこんなとこにいるなんて! も、もしかして! アーシェラさんとご結婚を!?」

「えっへへぇ~! そうだよっ! リーズね、シェラと結婚してこの村に住んでるのっ! だからマリヤンもリーズのことは「勇者様」じゃなくて、リーズって呼んでね♪」

「あ……あはは、それはそれは! おめでとうございますっ!」


 リーズがあっさりとアーシェラと結婚したと言い放ったので、マリヤンは大分面食らってしまったが、アーシェラにいろいろと世話になった彼女は、彼がリーズと結ばれたことをとても喜ばしく思った。

 それに、彼女は内心リーズが王国の王子と結婚するという噂がとても不愉快だった。


「どうしましょう! 私ができる限りの盛大なお祝いをしてあげたい…………のですが、申し訳ありません、キャラバンには越冬の物資を積めるだけ積んできたので、リーズさんにプレゼントできるような衣装やアクセサリーは持ってきていませんでした……」

「ううん、心配ないよ。リーズはまた春になったら向こうに行くから、その時にお祝いのアクセサリーを買うね!」

「買うだなんてそんな! リーズさんに似合うアクセサリーを用意して、プレゼントします!」


 まさかリーズが、この村に滞在していて、しかもアーシェラをものにしているとは露ほども知らなかったマリヤン。もし事前に知っていれば、小さなアクセサリーくらいは積んでいけただろうに……


「まったく、ロジオンさんはこのことを知ってて黙ってましたね。あとでとっちめてやるっ!」

「ロジオンがどうかしたの?」

「今回はロジオンも、この村に来ているんですよ。あの人のことだから、リーズさんたちのこと絶対知ってるはずなのに」


 ロジオンが来ている――――その言葉を聞いたリーズは、一気に目を輝かせた。

 やはり初期パーティーの仲間は思い入れが深いし、彼がアーシェラの居場所を教えてくれたからこそ、今のリーズはあるのだ。


「ロジオンが来てるの!? どこどこ、お礼言わなくちゃ!」

「彼なら、アーシェラさんのところにいるはずですよ。なんでも、重要な話があるとか」

「ありがとマリヤンっ! リーズ、家に帰るねっ! ミルカさんもゆりしーも、今日はありがとっ!」

「ふふふ、また近々一緒にお仕事しましょうね♪」

「取っておく分の魚は、私とブロスで燻製しておくわ」


 リーズは仲間たちとその場で別れると、自分の家に向かって駆けだした。

 果たしてそこには、玄関の前で談笑するアーシェラと、赤髪の男性ロジオンと…………もう一人誰かいるのが見えた。


「おっ、帰ってきたね。お帰りリーズ!」

「ようリーズ! 久しぶりっ!」

「シェラ~、ただいまっ! それにロジオンも久しぶりだねっ! それとあなたは―――――へ?」


 駆けつけてきたリーズは早速アーシェラが差し出した手を取って、同時にロジオンとハイタッチを交わす。

 しかし、もう一人……ロジオンの後ろに立つ、リーズより年下に見える女の子の顔を見て、リーズは動きをピタッと止めて、驚きで目を点にした。


「あれ? ツィーテン?」


 青紫のポニーテールの髪の毛に、まだ新品の皮装備と小型の弓矢をもつ女の子。その面影は、かつて失った仲間にそっくりだった。

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