22日目 旅立

 エノーとロザリンデが村に来てから3日目。彼らはこの日、村から旅立つことを決めた。

 もともと二人はそこまで長く滞在するつもりはなく、グラントに送った「精霊の手紙」の返事を待っていたに過ぎない。

 グラントからはすぐに返事が来た。そして、これ以上の滞在はリーズとアーシェラの新生活にも悪いだろうということで、エノーとロザリンデは新たな旅に向かうことになった。


「エノー! ロザリンデ! 久しぶりに会えて、リーズはすごく嬉しかったっ!」

「ふふ、私もリーズの笑顔を見ることができて嬉しかったです。やっぱりリーズは笑顔が一番です」

「アーシェラ、後のことはよろしくな」

「二人も気を付けて。何かあったら、ここを帰る場所にしてもいいから」


 村の入口で、4人は別れのあいさつを交わす。

 リーズとアーシェラだけでなく、村人の何人かも見送りに来てくれていた。迎えた時はあれだけ敵対的な雰囲気だったというのに、一連の出来事を通してそれなりに受け入れられたのだろう。


「よう二人とも! 次来る時までにきちんと家作っとくからな! 楽しみにしとけよ!」


 ブロスの父、デギムスがそう言って金槌片手に豪快に笑う。

 エノーとロザリンデは、今回の滞在ではブロスの家の一角に泊まらせてもらっていた。リーズの家は二人の生活スペースで完全に埋まっていて、他の人が泊まるスペースがなかったのだ。

 そこで、二人はデギムスに頼んで、村の一角に自分たちの家を作ってもらうことにした。エノーもロザリンデも、王国での生活を捨てたため、帰る場所がなくなってしまったのだ。まだここに定住すると決まったわけではないが、せめて拠点となる場所くらいは欲しかった。

 それに、今後人が増えた場合を想定して、一時的に滞在できる公民館的な建物も必要だとアーシェラは感じた。


「あとこれ、お弁当と保存食を入れておいたから、道中で食べてほしいな」

「おお! 何から何まで助かる! 防寒用の毛布ももらったし、これで厳しい山越えも少しは楽になりそうだ」


 最後にアーシェラが、布で包んだ木箱に、今日の夜の分の弁当と当面の保存食を入れて、エノーに渡した。このほかにも、ヤギの毛で作った簡単な毛布など防寒具もエノーたちに手渡し、二人は背負子でそれらの荷物を背負う。

 来たときはまだ何事もなかった旧街道も、ゆっくりしているとそろそろ雪が降り始める。最低限の荷物しか持っていない二人は、いずれどこかの町で装備を整え、本格的な旅をして回るのだろう。


「じゃあね! 二人ともっ! 春になったらまた会おうねっ!」

「おう、余裕があったら手紙も書くからな!」

「あんまりアーシェラさんを困らせちゃだめですよ」


 エノーとロザリンデは、最後にリーズとハイタッチを交わして、乗ってきた馬に跨った。


「ヤアァ出発かいお二人さん! そんじゃ、ゆっくり私についてきなっ! 気を付けないと、どこかのおっとこちょいみたいにケガしちゃうからねっ! ヤーッハッハッハ!」


 村の郊外に出るまでは、ブロスが二人を先導する。

 ゆっくりと歩き出す二頭の馬…………跨るエノーとロザリンデは、リーズたちの顔が見えなくなるまで、村の方に向かってずっと手を振っていた。

 そして、見送る村の人たちも、坂の向こうに彼らの姿が見えなくなるまで手を振り返した。


 3日という短い間ではあったが、かつての仲間に会えてリーズとアーシェラは心から嬉しかった。

 前までは、かつての仲間であっても信用ならないと思っていたのに…………こうしてまた友情が復活したのは、リーズとアーシェラの思い切った決断の賜物だろう。


 次に彼らと会う約束しているのは、来年の春――――――

 グラントが指定してきた時期に、今度はリーズとアーシェラが王国に赴く番だ。

 いずれ、王国とは全ての決着をつける。それまで完全に安全とは言い切れないが、果たして王国の連中に、雪の旧街道を越えようとする度胸がある人間が何人いるだろうか。


 こうして、友人たちを見送ったアーシェラはすぐに気持ちを切り替え、見送りに出てきていた村人たちの方に向き直る。


「さ、みんな! 僕たちも今日から本格的に越冬の支度を始めよう。忙しくなるよ」

「あらあら、アーシェラさん。明日からでもいいではありませんか」

「バカ言え、明日やろうはバカヤロウだ。ミルカには冬こそ「本業」を頑張ってもらわねばな」

「でも、今年の冬はリーズさんのおかげで温かく過ごせそうね」


 アーシェラの言葉と共に、村人たちは自分たちの役目をこなすべく三々五々に散っていった。

 この地方は温暖なので平地での積雪は滅多にないが、それでも食料は取りにくくなるし、燃料の消費も激しい。貧しい開拓村が冬を過ごすためには、全員で協力していかなければならないのだ。

 だが……今年の冬はリーズがいる。そしてこれから先もずっとリーズがいる。ユリシーヌの言う通り、彼女がいるだけで村は温かくなりそうだった。


「よーしっ! シェラっ、リーズも頑張っちゃうよっ! だってもう、リーズも「村人」だもんねっ!」

「ははは、もちろんリーズにもいっぱい仕事をしてもらうよ。僕らはもう、ずっと一緒だから」

「えっへへへぇ~♪ うん、シェラ……ずっと一緒♪」


 リーズは、アーシェラと腕を組んで、薬草畑の方に歩いていく。

 勇者リーズは、この日から――――村人の少女となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る