理解者

 エノーが胸の内を吐き出してしばらく、二人の間に再び静寂が訪れた。

 お茶をすする音だけが部屋に反響し、苦い愚痴を語った口を上品な味で調える。

 二人が出会ったころから、このリズムは変わらない。慌てて喋っても、肝心なことは伝わらない。間隔を空けて、相手の会話を咀嚼しながら…………しっかりとした言葉を紡いでいく。


「私に話してくれたということは、もう心に決めたのですね」

「あぁ。この決断が最善とは、俺も思っていない。いや、はっきり言って我儘に近い。国のために尽くすと誓い、国民たちの税で何の不自由もない生活を送ったというのに、その恩を何ら返すことなく逃げ出すのだから。情けないものだろう? 魔神王に立ち向かった黒騎士が、人間関係のもつれで逃げるんだぜ」

「……いいえ、私はそうは思いませんわ」


 決意したとはいえ、エノーは未だに思い罪悪感に苛まれている。もともと責任感が強いエノーには、自らに課された責務を投げ出すことがとてもつらいようだ。

 しかしロザリンデは、そんなエノーの性格をよく知っている。だから、ロザリンデはあえて彼の自嘲気味な言葉を否定した。


「そもそもエノーは、私と違って魔神王討伐の功績で貴族になったのでしょう? むしろエノーは、王国から恩返しを受けている立場にあるのです。それなのに…………エノーはいつの間にか王国から使い捨ての道具のように扱われているのです。おかしいと思いませんか?」

「え!? しかし、それは……」

「仕事をして、その対価を受け取るのは当然のことです。王国の人々だって、エノーがいるから王国外の国々に攻め込まれることはないのですから、守ってもらう対価を支払うのは普通のことです」


 ロザリンデの言葉は、エノーにとって思ってもみなかった考えだった。

 エノーは貴族になってから王国の習慣を身に着けようと躍起になり、逆にまんまと王国の飼い犬となってしまったわけだ。そう考えると、王国貴族としての役目を投げ出すことに罪悪感を感じていたことが、急にバカバカしく思えてくる。

 もちろん本当はそんな単純な問題ではないのだが、気の持ちようとはよく言ったもので、考えが変わると自然にモヤモヤした心が晴れていくように感じた。


「そうだな、俺がどうかしていた。もしかしたら俺は、まだ心のどこかで王国が俺のことを必要としているんじゃないかって思っていたみたいだ。ははっ、なんだかバカらしいな! もうこの国は、俺の力なんか必要としていないみたいだしな! ありがとうロザリンデ、君のおかげで、これから堂々と前を向いていけるよ」

「その意気ですエノー。あなたは骨の髄まで騎士なのですから…………安楽の湯船に浸り、太腿にぜい肉を蓄えるような生活は似合いませんよ」


 二人は一頻り笑った。

 ロザリンデは自分でも大分無責任なことを言ってしまったなとも思ったが、どのみちエノーはこの王国を去ることを心に決めていたのだから、余計な未練など捨ててしまった方がいい。

 エノーの言う通り、この国はもうエノーの力が必要だと考えている人間は、残念ながらほとんどいない。いや、エノーだけにとどまらず、魔神王討伐で功績を上げた平民上がりの者たちもまた、先の大戦の功績などなかったかのような扱いをされている。

 第二王子セザールが王位を継いでしまったら、エノーたちの立場など押して図るべきだ。


 そしてまた静寂。この二人の独特の会話リズムは、話の切り替えの合図でもある。

 不思議なもので、気分が晴れると飲むお茶もおいしく感じるような気がした。


「…………やっぱり、君に話して本当に良かった。ロザリンデは、俺のことを俺以上に知っているんだな」

「ええ、そうなんですよ。だからエノー、行くというなら私も――――」

「ロザリンデ! 頼みがある……! 俺と一緒に来てくれないか? 無理を言って悪いとは思っているが…………今の俺には、ロザリンデなしではいられないんだ!!」

「エノー……っ!!」


 私も連れて行ってほしい――――ロザリンデがそう言いそうになった瞬間、エノーが有無を言わさず、プロポーズの言葉を重ねてきた。

 

 二人の顔が、みるみると赤くなり、室温が高まるのを感じた。

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