20日目 対立
アーシェラは、王国から来た3人を家に招いてテーブルに着席させると、リーズとレスカを居間に残して、自身は一度台所に向かった。あらかじめ作って保温してある料理を、温めなおして出すためだ。
台所に入ってすぐに横を見ると、食器棚の脇に潜んでいるブロスと目が合う。彼は無言ながらもいい笑顔で、アーシェラに向けてサムズアップをした。
(ありがとうブロス。君だけじゃなくて、みんなが見守ってくれているのが心強い)
かつてのアーシェラなら、気後れしていたであろう相手がいる。だが、リーズをはじめ村の人々が見守ってくれていると思うだけで、彼は気がとても楽になるのを感じた。
家を包囲する大勢の人間の気配が、今のアーシェラにとってはとても心強い。
アーシェラが鍋を温めながらかき回していると、早速居間から怒鳴り声が飛んできた。
「リーズ! 帰らないとはどういうことだ!?」
ドカンという音を立てて、リシャールが怒鳴り声と共に右拳をテーブルに叩きつける。
だが、テーブルの向かい側にいるリーズは、驚くこともなく憮然とした表情で答えた。
「言葉の通りよっ! リーズはずっとここに住むの。王国には帰らないもんね」
「何を考えているんだ君はっ! それに、その言葉遣いは何だ!? 君は勇者だろうっ!」
勇者にあるまじき、我儘な子供っぽい態度をするリーズに、リシャールはさらに声を荒げるものの……
リーズは「知らない」とばかりに顔をプイっと横に向けた。
(リシャールだけが)予想もしなかったリーズの反抗に、彼はさらに怒りを募らせると同時に、大いに困惑してしまう。
(何故だ……っ! リーズはこんな面倒な女じゃなかったはずだ! あの男め、俺のリーズに何かしたのか!?)
勇者リーズと言えば、勇敢で、清楚で、まじめで、礼儀正しく――――全ての女性の模範ともいうべき立派な人物だというのが、王国での一般的な認識だ。
ただその裏では……妻になれば、従順で、献身的で、尽くす女性になるだろうと勝手に噂されたりしていた。
王国の人々やかつての仲間たちの大半が、心の底からそう考えているということは、それだけリーズが「勇者」という役を、見事に演じきったということなのだろう。
ただし、これを咎めているのはリシャールだけ。エノーはもとより、普段から礼儀作法にうるさいロザリンデは二人のやり取りを黙ってみているだけだった。あきらかに普通ではない様子なのに、イライラが頂点に達しつつある彼は、冷静さを失って、そのことまで気が回っていないようだ。
「だいたい、こんな何もないド底辺のボロ村にいて、何がそんなに楽しい? 王国に戻れば、豪華な食事に、華麗なパーティー、それにこの村より広い庭付きの豪邸もある! 何を迷うことがあるんだ!」
「悪かったですね、わざわざド底辺のボロ村に足を運んでいただくなんて。お昼の用意ができましたよ」
台所に行っていたアーシェラが、リシャールの村を見下す発言に皮肉たっぷりの口調で答えながら、鍋と食器を運んできた。
彼の後ろからはフリッツもついてきており、彼の持ったトレーには、銀製の皿に盛られた5人分のハンバーグが載せられている。
「王宮のような豪華な食事はお出しできませんが、味は保証いたします」
「おおっ! シチューとハンバーグか! こいつはいいな! 昔からアーシェラが得意だった料理だ!」
「ええ、とてもいい匂いで、おいしそうですね」
アーシェラの手で、彼らの前にある食器に熱々のクリームシチューが鍋から移されていく。
ほかほかの湯気と煮込まれた具材の香りを漂わせるシチューは、見ているだけで食欲を刺激される。
「エノー! ロザリンデ! お前らも何か言えよ! お前らが下手に出るから、こいつらが調子に乗るんだ!」
「だから落ち着けってリシャール。相手が意固地になっているときに感情を一方的にぶつけても、なにもならないからな」
「慌てなくても、勇者様は目の前にいるではないですか。余裕のない男の人は嫌われますよ」
どんどんイライラが募っていくリシャールだったが、エノーとロザリンデはむしろ不気味なほど落ち着いている。帰る気がないとはっきり明言したリーズを責めることもなく、それどころかアーシェラが出した食事を見て大いに喜んでいるほどだ。ロザリンデは、念のため料理全体に毒解除の回復術を掛けているが、特にアーシェラを疑っている様子はない。
リーズを連れ戻しに来た仲間であるはずの二人が、リシャールにとってはむしろ足手まといのようにすら思え、それがさらに彼を苛立たせた。
「さあどうぞ。お代わりもありますから、遠慮せず召し上がってください」
アーシェラが最後に白パンが入れられたバケットを中心に置くと、エノーとロザリンデは礼を言ってすぐに食事を始めた。
いつもは真っ先に食べ始めるリーズは、アーシェラが席につくのを確認してから、一緒に食べ始める。
「ふん、まあいい……」
他の全員がリシャールを無視して黙々と食べ始めたので、彼も渋々ナイフとフォークを手に取った。
異様な雰囲気で満たされた中で始まった昼食。同席していたレスカは、のちにこの時の様子を聞かれた際には「あんな刺々しい空気の中では、どんな豪華な食事だろうと、味など分かるまい」と語っていたという。
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