覚悟

 グラントをはじめとする王国のメンバーが突然姿を見せたことで、和やかな雰囲気が一瞬にして緊迫した空気に変わった。

 各国がついさっき、争いのない世界を協力して作っていこうと誓ったというのに、間髪入れずに争いの種がやってきた。そのことに誰もが不快な思いを示し、特に首魁であるグラントには多数の非難の目線が向けられた。

 だが、当のグラントは申し訳なさそうながらもどこか吹っ切れた様子で、自分たちを囲んだ人々を見渡して、口を開いた。


「わかっている。我々の信頼は地に墜ち、今更許せなどと厚かましいことを言える立場ではないことを。だが、せめてもの礼儀は通したい」


 そう言ってグラントは、護身用に装備した短剣を無造作に地面に投げ捨てた。

 後ろに控えるメンバーたちも、グラントに続くように剣や槍を地面に置き、自分たちに害意がないことを示した。

 彼らの殊勝な態度に、祝典に参加していた人々は困惑したが、とりあえずその場でロジオンが武器を預かることにした。そして、グラントたちは「勇者の碑」に追悼の意を示したいと申し出、司会進行を務めたヘルトラウダが彼らを案内することになった。


「ねぇ、ロジオン」

「グラントさんたちが来た?」

「おうよ。今ちょうど、俺に武器を預けて、勇者の碑に向かってる。一応打ち合わせ通りだな」


 別のところで談笑していたリーズとアーシェラが、武器を抱えるロジオンを見て、打ち合わせ通りグラントがやってきたことを知った。

 今頃グラントたちは生きた心地がしないだろうが、これも彼らがきちんと本気になったか試すためだ。約束を守ったということは、グラントの決意が固いという何よりの証拠だ。ここから先、彼が一つでも約束を違えたら、リーズはその手で王国を物理的に解体しなければならないが、彼らは自分たちの不始末を自分たちで片づけると決意したのだから、それを尊重してやりたいところ。


「ついに……来たね、シェラ。リーズに力を貸してくれる?」

「勿論だともリーズ。たとえすべてを敵に回したとしても、僕はリーズを守って見せる」


 リーズとアーシェラは、先ほどまで着ていた結婚のお披露目用の服から一転、決戦に赴くための衣装に身を包んでいた。

 リーズは、お気に入りのティアラだけそのままに、新しく仕立てた深紅のローブと白いマントを着用し、何にも染まらない気高い冒険者の自己主張を前面に打ち出す格好をしている。

 一方でアーシェラは、濃い藍色を中心とした法服に、貴重な鮮やかな青い染料を惜しげもなく使ったストールを巻いている。平凡な印象のアーシェラも、大胆に着飾ることで、底知れない知性を感じさせる姿に変わった。

 そして、アーシェラは自分に喝を入れるように、女神の姿が彫られた杖でトンと強く地面を突くと、リーズの手をしっかり握り、丘を登る道をしっかりとした足取りで歩いて行った。


 リーズとアーシェラが勇者の碑がある広場に登ると、ちょうどグラントたちが献花の山に新たな花束を添え終わったところだった。


「グラント、久しぶりっ。やっとここに来てくれたのね」

「こんにちはグラントさん。僕のこと、覚えてますか?」

「リーズ……それに、アーシェラ。結ばれたんだな…………おめでとう」


 リーズ達が声をかけると、グラントがとても穏やかな表情で振り返り、素直に二人の結婚を祝福した。

 そこには、国を憂いて胃痛に苛まれた戦術士の姿はない。


「リーズ様、申し訳ありません。私たちが間違っていました。一緒に戦った仲間たちを見捨てるなんて、なんて愚かなことをしてしまったのでしょう」

「リーズが結婚したって聞いたときは…………まあ、第二王子と結婚するよりかはましかとあきらめたけど。なるほど、二人ともすごくお似合いだ…………」

「アーシェラさんも、結婚おめでとう。そして、投げだした責任を押し付けてごめん」


 ほかのメンバーたちも、リーズとアーシェラに頭を下げ、そして結婚を祝福した。

 王国から優先して富と名誉を与えられ、それを餌に王国に絶対服従を誓った元平民出身の1軍たちは、リーズがいなくなったことで、ようやく自分たちがしている愚行を悟ったようだ。

 決して許されないことをしてしまったのはわかっている。だからと言って開き直れるほど、彼らの面の皮は厚くなかった。

 これから彼らは――――茨の道を進む。自分たちの罪を償うために。


「グラントさん、約束通り…………明日僕たちは王国に向かいます。案内してくれますよね」

「勿論だ。二人には、私が指一本も触れさせぬよう全力を注ぐ。王国はもはや瀕死の重病人…………直すには多少の荒療治も致し方あるまい」


 この後、アーシェラから集まっているメンバーに、緊急の告知がもたらされた。

 リーズとアーシェラは、エノーとロザリンデを連れて、王国に結婚のあいさつをしに向かうという。このことに参加者全員は戸惑いを見せ、ほとんどのメンバーは反対意見を申し出た。

 それもそのはず。同行するメンバーが、アーシェラとロジオンなどの数名以外は、かつての1軍のメンバーだ。何かの間違いでアーシェラ達がとらえられ、再びリーズが王国にとられる可能性もあった。

 けれども、リーズの意思は固かった。


「リーズは、王国に決着をつけに行かなくちゃいけないの。でも大丈夫! リーズの傍にシェラがいる限り、もうあんなところには帰らないから! リーズの帰る場所は……シェラとリーズの家なんだから!」


 そうはいっても、相手は王国。どんな卑怯な手を使ってくるかわからない。

 そこで王国側は…………この集まりの中に、人質を置いていくことにした。


「諸君、ここにいるのは王国第一王子のただ一人の娘だ。万が一リーズに何か起こったら、私も含めこの場にいるメンバーは、潔く刑場の露となろう」


 グラントに同行していた水色髪の少女の隣に控える赤髪の騎士が、自分たちがリーズ達が王国に行く間の人質になることを宣言した。

 リーズとの対価として釣り合うとはいいがたいが、これが彼らに出せる精一杯の担保なのだろう。


「僕からも保証する。リーズと僕は必ずここに帰ってくる。リーズの頑張りを無駄にしないためにも、僕は最後まで戦い抜いて見せる」


 こうしてリーズとアーシェラは、翌日には乗ってきた馬車で、レスカとフリッツを伴って王都へと向かった。彼らの馬車の前を、ロジオンの大型馬車が付き添いのメンバー何人か乗せて走り、両脇をエノーとロザリンデが馬に乗って護衛することになった。

 王都までは馬車で10日かかる。陣地で待つ仲間たちは、不安に思いながらリーズ達が無事帰ってくることを祈った。

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