希望

 もはやどうにもならない。

 リーズが結婚の報告をしたというのに、玉座の間は葬式のように沈鬱な空気に満たされた。

 王国の人々の希望でもあり、憧れでもあった勇者リーズは、正面から正々堂々と王国へ反旗を翻したのだ。誰もがこれを現実と認めたがらず、中にはショックでその場に昏倒してしまった貴族も何人かいた。

 それでも、国王は…………後ろにいる二人に一縷の望みをかけた。


「のう…………聖女よ、そなたからも……勇者を思いとどまらせるよう言い聞かせてほしい。黒騎士よ……そなたも勇者の親友であろう、このままでは王国の損失、ひいては…………人類の歴史的な損失になると…‥‥」


 どうやら国王は、まだエノーとロザリンデがこちら側だと思い込んでいるようだ。

 声を掛けられた二人は顔を見合わせて静かに頷くと、リーズとアーシェラの前に出た。


「あー、しんみりしてるところ申し訳ないが、俺とロザリンデも結婚した。ま、この様子じゃ祝ってもらえないだろうな。それと俺、今日から黒騎士やめるから」

「私も、エノーと結婚するので、本日限りで聖女をやめます。これからは一人の神官として、傷を負った世界の人々を救う旅に出ます」


 が、最後の望みは一瞬で絶たれた。エノーもロザリンデも、リーズを引き留めるどころか、なんと下野して結婚すると宣言してしまった。勇者だけでなくこの二人まで抜けるとなれば、もはや王国の持つ戦力ではどうにもならないことは明らかだ。


「そうだった! リーズも勇者やめるっ! 魔神王は倒しちゃったから、もう勇者なんていらないよね! この国にいる間、リーズはずっとずっと不幸だった! せめて挨拶くらいはしないと悪いかなと思ったけど、もう義理は果たしたからいいよね? もうリーズは、二度とここに帰ってこないからね!」


 これを聞いた国王は、今度こそすべて終わったと悟り、全身の力が奪われたかのようにへなへなと玉座にもたれかかってしまった。

 行方不明になった勇者が戻ってきたと思ったら、名も知らない平民に誑かされ、子供まで作ってしまっていた。それだけでも想像以上のショックなのに、リーズは王国の権威を屁とも思わない傍若無人ぶりで王国との絶交を宣言された。結婚相手だとか言う平民の男からも、面と向かって罵られ、黒騎士と聖女まで王国を離脱。この日は、王国にとって最も不幸な日として歴史に刻まれることになるだろう。


「じゃあリーズ、そろそろ帰ろうか。挨拶もしたし、これ以上ここにいても、何も得るものはないからね」

「あーあ、ほかのみんなはシェラとの結婚を祝福してくれたのに、ここの人たちはほんとに冷たいね。やっぱりここは嫌な人ばっかり。リーズはもう一生来ないっ!」

「まあまあ、帰ったらまたリーズの大好物のハンバーグをたくさん作ってあげるから、それで期限直してよ」

「本当に!? やった! えっへへぇ~、シェラのハンバーグなら毎日でも食べたいな♪」

「まあ、リーズったらあんなに大きいハンバーグを食べたのに、まだ食べたりないのかしら」

「アーシェラの料理だったら、俺は何でもおいしく食える気がするな。ああ、もちろんお前のも最近とてもうまくなってきたよ」

「ふふっ、ありがとうございます」


 4人は、国王をいじるのも飽きたとばかりに、好き勝手話しながら玉座の間を立ち去っていく。

 その間止める者は誰もいなかった。実力的にも止められないし、そもそもほぼ全員はこれが現実であると受け入れるのを脳が拒否してしまい、その場に立っているだけのカカシと化した。


「へ、へ……陛下! 気をお確かに!」

「余は……もうどうしてよいか、わからぬ…………」


 傍にいた宰相が国王に気をしっかり持つよう促したが、もともと無気力気味だった国王は、虚ろな目をして項垂れてしまった。

 だが、直後にもう一人…………動き始めた人物がいた。


「ふざけるな…………ふざけるなよ、平民風情がっ! こうなれば決闘だ! 俺の方が勇者をめとるのにふさわしいと見せつけてやるっ!!」


 第二王子セザールが動いた。彼は王族なので、剣を持っている。

 彼は、この世のものとはおもえない凄まじい怒りの形相で、玉座の間を出ていこうとする4人を追いかけた。

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