自由
案内役も連れずに、堂々と入場してきたリーズとアーシェラ、それに二人の後ろに付き従うエノーとロザリンデ。姿を現した途端、石になったかのように固まってしまった王国の人々を見て、彼らは心の中で「してやったり」とガッツポーズをした。
左腕をアーシェラの腕に絡めているリーズは、右腕に――――すやすやと眠る赤ちゃんを抱えていた。
赤ちゃんは生まれてまだ間もないようだが、紅い髪の毛がしっかりと伸びており、性別は恐らく女の子だろうと思われる。
「あ…………お、ぉ………おぉぉ…………」
玉座に深く腰掛ける国王の表情が青色を通り越して、土気色に染まっていく。
周囲の貴族や文武百官も、悲鳴すら上げられないほどのショックを受けているようだ。
リーズが平民と結婚したという噂は聞いていたが、本気にした者は誰もいなかった。しかし…‥‥凛として誠実で、礼儀正しかったリーズが、どこの馬の骨とも知らない青年にべったりで、しかも赤ちゃんまで抱えている。
そんな中、外交官のような服に身を包んだ平民の青年――――アーシェラが、おもむろに口を開いた。
「お初にお目にかかります国王陛下。アーシェラと申します。旧カナケル王国に新しくできた開拓村の村長などしております。この度は長年の交際が実り、リーズと結婚しましたので、せっかくなのでご挨拶に伺いました」
雲上人が勢揃いするこの場においても、アーシェラは全く緊張する様子もなく、いけしゃあしゃあとリーズと結婚した旨を述べた。
「シェラはね、魔神王討伐の旅のときでも、ずっと傍でリーズのことを助けてくれたの! ね、そこにいるみんなも知ってるでしょ? リーズはね、そんなシェラのことが大好きだったのっ! シェラに告白されたとき、リーズはすっごく嬉しかった! だから、リーズはこれからもシェラの傍で幸せになって、たくさん子供つくるのっ!」
国王の目の前だというのにも関わらず、リーズはデレデレの顔でいかにアーシェラが好きかを語った。
玉座の間の静寂が、徐々に騒然とし、混乱の坩堝と化していく。リーズに「しってるでしょ?」と振られた1軍メンバーの大半は、アーシェラの顔と名前を憶えていなかったのだ。ましてや、ずっと傍にいたとはどういうことかと困惑するばかり。
「まてまて! ありえん! あんな平民、俺は見たこともないぞ! 勇者様はご乱心か!?」
「ぽっと出の平民と結婚!? しかも子供まで!? こ、これは夢だ! 悪い夢に違いない!」
「まさか隣の奴は、邪教集団の生き残りか?」
なお、勇者を正気に戻そうと何人かの貴族が近づこうとしたが、その都度リーズとエノーが、彼らにい殺さんばかりの視線を向け、近づかせないようにしてくる。
玉座の間は、基本的に王族以外は杖以外の武器の持ち込みは禁止である。さらに、術を無効化する結界も張ってあるので、術仗はただの棒だ。しかしながら、勇者リーズや黒騎士エノーほどの実力者なら、その気になればそれらの制約を全部はねのけて、この場にいる者たちを全滅させることも不可能ではない。
「そのようなわけで、リーズはこれから先、僕と開拓村で暮らすことになりました。リーズのことは世界一幸せにしますので、どうかご安心ください」
「ならぬっっ!!!!」
アーシェラの挑発的な言葉に被せるかのように、国王が絶叫した。
今の国王にとってしてみれば、さながら大切に育ててきた深窓の令嬢が、ならず者に取られてしまうくらいの危機である。許すことなどできるはずもない。
「ならぬっ! ならぬぞっっ!! 勇者との結婚は国王である余が認めぬ! 許さぬ! 勇者は、王子セザールと結婚させると決めておるのだ!」
「そうだ! そうだそうだ! この(自主規制)女がっ! 平民に(自主規制)するとは、それでも誇り高き勇者か!? いますぐその下等生物から離れろっ!」
狂ったように「許さない」「認めない」と連呼する国王と、それに乗じて婚約者であるはずの勇者を罵る第二王子セザール。あまりにも切迫した状況のため、どうやら王族としてあるべき姿勢すらも忘れているようだ。
一方でアーシェラは非常に冷徹だった。リーズのことを悪くいうのは許せないが、今はもうそんな怒りすら湧いてこない。
「恐れながら国王陛下、先ほどから何か勘違いなさっていませんか?」
「は?」
アーシェラの声が、まるで氷結地獄の吹雪のように、世界でも有数の偉い立場にある国王を圧倒し始めた。
「僕たちは別に、結婚の許可をもらいに来たわけではありません」
「な、何を言うか! 貴様は先ほどから勇者と結婚すると……!」
「リーズ達はね、結婚の「報告」に来ただけっ! リーズはもう大人だから、自分の結婚相手は自分で決めたの! 許すとか許さないとか、いまさら言っても意味ないもんね!」
「リーズは…………王国の所有物でも、おもちゃでもない。リーズは勇者である以前に、一人の女の子なんだから。もしかして国王陛下やそこの王子様、それにかつて仲間だった僕のことをすっっっかり忘れてるそこの人たちは、そんなこともわからないのでしょうかね?」
「止めても無駄よっ! もしシェラをひどい目に遭わせようなんて思ったりしたら、リーズが絶対に許さないんだから! シェラはリーズのもので、リーズはシェラのものなのっ!」
二人の怒涛ともいえる言葉に、国王をはじめとする人々は、改めて言葉を失った。
そして、こんな中でもリーズの腕の中ですやすやと眠る赤ちゃんは、将来大物になるかもしれない。
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