王国

 飛鷹の月10日――――王国の玉座の間は、建国以来経験したことのない嫌な雰囲気に包まれていた。


「グラントめ……いったい何を考えておるのだ。勇者だけでなく、音信不通だった聖女と黒騎士まで連れ戻したのは手柄だが、余計な者までこの場に入れるとは」

「全くけしからんですな。ですが、ヘルツホルム伯は勇者を連れ戻すために働きづめだったのです。その働きに免じ、長めの休暇を与えてはいかがでしょう」

「そうだな」


 玉座に不機嫌な顔で座る国王は、すぐ傍に控える老齢の宰相に、グラントの不手際を愚痴る。

 勇者の動きを管理するはずが、途中であっさりと行方不明になってしまった。予定より3か月も遅れてようやく連れ戻すことができたものの、彼の失態は明らかだ。

 しかも、勇者と聖女、黒騎士を連れて帰ってきたはいいが、名前も聞いたことのない余分な人物が付いて来るとも聞いており、なぜそれらをきちんと排除しなかったのかと思うと、さらにイライラが募る。

 これに乗じて宰相は、いつか自分の足元を脅かしかねないとみていたグラントを失脚させるべく、ここぞとばかりに左遷を進言した。国王もその意見におおむね賛成で、グラントの政治生命はここで終わるかのように思われた。


 一方で、もう一人イライラしている人物がいる。第二王子のセザールだ。


「ふん、勇者はようやく帰ってきたか! 婚約者を待たせるとは、まだまだ教育が足りんようだな」

「左様でございますな王子! 今後は王子の手で、王族にふさわしい女性になるよう、教え込まねばなりますまい」

「もしよろしければ、それがしも協力させていただいても? にへへ……」

「そうだな……お前のこれからの貢献次第では考えてやろう」


 勇者がなかなか戻ってこないことに毎日腹を立てていたセザールだったが、目の上のたん瘤だったリシャールがいつの間にか自爆してくれたおかげで、勇者リーズとの婚約は確実なものと見ていた。

 勇者の実家にはすでに話はついており、第一王子の派閥に所属している長男以外は、全員が婚約に賛同していた。後は折を見て大々的な婚礼を行い、父王から正式な後継者に指名されることだろう。

 ただ、そんな未来がはっきり見えるからこそ、いつまでたっても姿を現さない勇者たちにイライラしていた。謁見の時間まではまだ余裕はあるのだが…………


「結局、勇者様はあのいけ好かない第二王子と婚約するのか。将来、あんなのに頭を下げるとなると、やりきれないな」

「それもこれも、リシャールのバカのせいだ。あいつがリーズと結婚するというのなら、まだ素直に祝ってやれたのに、なんてざまだ」


 かつての1軍メンバーも全員この場に揃っていた。彼らは周囲に聞こえないよう小声で、第二王子が憧れの勇者様と婚約することに不満を漏らし、その原因を作ったリシャールへの恨み言を呟いた。

 勇者リーズがいなくなってから、1軍メンバー内の分裂は深刻さを増し、利に敏い連中はこぞって第二王子派に鞍替えし、将来の跡継ぎ候補に尻尾を振った。だが、プライドが高い者たちはセザールを支持することに二の足を踏んでおり、王国の将来を悲観視している。

 だが…‥……彼らの悲観など吹けば飛ぶような事態が迫っていることに、彼らは気が付いていない。かつて自分たちの雑用を任せていた、名前すら憶えていない弱者が、彼らに引導を渡すべく迫っていることに。


「そういえばさ、うちの使用人から聞いた話なんだが……勇者様はどっかの平民男性と結婚したとかいう噂が流れてるらしいぜ」

「ああ、私もなんか聞いたことがある気がする。どうせ俺たち王国を妬んだ奴らの、無謀な願望みたいなもんだろ。勇者様が平民と結婚するだなんて、たとえ王国が滅亡してもありえないっての」

「とはいえ…………第二王子と勇者様を結婚させるくらいなら、平民と結婚した方がましかもね」


 そんな風に好き勝手話し合う彼らの下に、高級文官が駆け込んできて、勇者の到着を告げた。

 それを聞いて、玉座の間にいる人々は俄かに沸き立った。だが、知らせを告げた文官の顔が、なぜかすさまじく青ざめている。それはまるで、この世の終わりを見たような、絶望的な表情だった。


「も………ももも、申し上げます! ゆ、ゆゆ勇者が、到着しぃ……」

「…………? どうした、もっとはっきり申せ。勇者が戻ってきたのであろう?」


 大げさなまでにガクガク震える文官を見て、怪訝な顔をする国王と貴族たち。

 ただ事ではない様子に顔を見合わせる一同だったが…‥……しばらくもしないうちに、玉座の間に続く通路の方で不可解などよめきが広がるのが聞こえた。それに加えて、男性の情けない悲鳴や、女性の金切り声も聞こえる。


「いったい何が……? 衛兵は何をしている?」

「か、確認いたしますっ!」


 嫌な予感を覚えた国王は、冷や汗だらだらの宰相に、何があったのか確認するよう促した。

 しかし、彼がアクションを起こす前に――――――騒ぎの元凶が、堂々と玉座の間に現れた。


「こんにちわーっ!! リーズ、久々に挨拶しに来たよっ!!」


 晴れやかな笑顔で姿を見せたリーズ。

 彼女は、見せつけるようにアーシェラに寄り添って腕を組み――――もう片方の腕に、驚愕すべきモノを抱えていた。


 静まり返る玉座の間。

 巨大な王国を支えていた何かが、軋みを上げて崩壊するような音が、すべての者の耳に響いたような気がした。

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