一方的な反撃

 リシャールが、床にぶちまけたハンバーグを此見がよしに踏みつけた瞬間、世界が止まった。

 エノーとロザリンデは「ついにやったか」と呆れ半分期待半分だったが、リーズとアーシェラのほうを見て、すぐにその余裕が吹き飛んだ。

 リーズはこの上なくドン引きしてアーシェラにさらに密着。アーシェラは顔を真っ青にして唖然としていたが、すぐ表情に暗い影が差し始め、彼を中心に、部屋の温度が急激に下がっていくように感じた。


 だが、リシャールは場の空気の変化に気が付くことなく、アーシェラに向かってさらなる罵詈雑言を飛ばした。


「こんなのはなぁ、豚の餌っていうんだ。せっかくこんなボロ村までリーズを迎えに来てやったのに、薄っぺらい歓迎とやらでリーズを抱きしめてやるのを妨害した挙句、こんなものまで食わせやがって! 恥を知れ! 下民! 最後の警告だ! 大人しくリーズを引き渡せ! さもないと貴様も王都に連行してつるし首にしてやるっ!」


 対するアーシェラも、リシャールの言葉が彼の逆鱗に触れたらしく、ゆらりとその場に立ち上がり、真正面から反撃を繰り出した。


「ふふ、僕も今までのあなたの振る舞いを見て確信しましたよ。あなたには、リーズに指一本たりとも触れさせません。お料理の弁償は結構です、どうぞこのボロ村からお引き取りください」

「き、きさまあぁぁっ!」

「公子様は、よほど目と舌が肥えているようですね。公子様のおっしゃる通り、此処は世界の辺境の吹けば飛ぶようなボロ村……あなた様に満足頂けるような御持て成しはできないようです。このようなところにいても、イライラで寿命が縮まるだけでしょう。お帰りはあちらです、どうぞお引き取り願います」

「ふざけんじゃねえぇっ! 俺はリーズを迎えに来たんだつってんだろ! 俺はこんなクッソ汚ねぇところまで、来たくて来たんじゃねぇ!」


 方や隆盛を誇る王国でも有数の権威を誇る貴族、もう一方は村長とはいえ、吹けば飛ぶような小さな村の平民。

 本来ならその辺の平民の主張など、教養知識ともに豊富な貴族には相手にすらならないはずだ。ところが、今やその強大な貴族が、見下しているはずの平民から見下されているのである。

 これではもうどっちが貴族で、どっちが下民か分かったものではない。


(なんだかなぁ。こいつも初めてあったころに比べると、ずいぶん印象が変わったよな)


 ふとエノーは、勇者パーティーがまだ一丸となっていた頃を思い出した。

 その頃のリーズは、まだ「勇者様」としての礼儀作法は完ぺきではなかったが、貴族たちもそれを揶揄することなく、全力で彼女を後押ししていた。

 そしてその頃のリシャールも、自ら先頭に立って戦おうとする気持ちが強く、強敵相手にも恐れることなく立ち向かっていった。リシャールをはじめとする、貴族出身騎士たちの働きぶりを見て、エノーもまた負けないよう体を張って――――怪我しまくってしょっちゅうロザリンデのお世話になった。

 それが今ではこのざまである。リシャール自身の本質ももちろんあるが、王国社会自体にも多大な問題があったことは明らかだ。

 そんなことを考えていると…………


「っつーか、そもそもリーズを迎えに来いと言ったのはお前の方だろうが、あぁ!?」

「何をおっしゃるのやら。僕がいつあなたを招待したというのです。いえ、そもそもエノーやロザリンデにも、僕は別に「来てほしい」なんて一言も言ってないんですけど。違うかい、エノー」

「あー……まぁ言われてみれば確かにな……」

「つまり、あなた方は本来予定してなかったお客様で、それでもまあエノーとロザリンデは、会いに来るかもしれないと思っていました。ところが公子、あなたは完全に招かざる客なんですよね。リーズを連れ戻しに来たとか言っていますが、ここまでリーズに嫌われているなら、もうここにいる意味がないのではありませんか?」

「ぐ……がっ! お、俺がリーズに……嫌われているだとおぉぉっ!」


 突然アーシェラに話を振られ一瞬戸惑ったエノー。

 確かにアーシェラの言う通り、彼から届いた手紙には「迎えに来てくれ」とは一言も書かれていない。

 戸惑っているエノーを見て、ロザリンデは改めてアーシェラの悪辣さに恐怖した。


(もし私たちが……王国から脱出する前提ではなく、本気でリーズさんを迎えに来ようとしていたら……)


 アーシェラはリーズを誘拐したわけではない。

 手紙を出したころ――つまり、リーズがこの村に来て間もないころから、彼女が王国に帰りたくないと主張しても、守ってあげられるようにしたかったのだろう。

 場合によっては、アーシェラを王国の要人に据えることを条件に、リーズを王国に返すという交渉もしてきたかもしれない。もちろん今のアーシェラにそんな気持ちはみじんもなさそうだが、この先どう転んでもいいようにするそのしたたかさには舌を巻くしかない。

 本来貴族とは…………いや、国を動かす者というのは、そこまで考えて物事を進めなければならないのだ。リシャールはともかくとして、はたして生粋の貴族だったロザリンデにも、それができていただろうか?


「おいロザリンデ! 俺の剣をよこせ! 王都に引きずっていくまでもない! こいつをこの場でたたっ切ってやる!」

「何度も言わせないでください。私たちは話し合いに来たのです。この程度のことを言われたからと言って、相手を切り捨てることは、王国貴族として恥ずべきことです」

「おっとリシャール、お前やっぱりあの第2王子と同類だな。口げんかに負けたらすぐに剣を抜くとか、お前それでも公爵家の跡継ぎなわけ?」

「ぬぐぐぐ……クソがっ!」


 その後もしばらく、口論というにはあまりにも一方的な展開が続く。リシャールは敵味方構わず喚き散らし、対するアーシェラはまるで氷の刃のように、冷静冷酷にリシャールの言葉を切って捨てていた。

 だがここで、いままでずっと口を閉ざしていた者が、ぶぜんとした表情で口を開く。


「ふーん、リシャールってさ、そんなにリーズのことが好きなの?」


 リシャールにとっては、まさに天祐、愛する人から差し伸べられた助けの手……のように思えた。

 しかしこれは、どちらかといえばリーズからの「最後通牒」であった。

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