望み尽きることなく

 リーズに「自分のことを好きなのか」と問われたリシャール。彼は自分が皮肉られていることも知らずに、胸を張って堂々と言い放った。


「当たり前じゃないか! 俺はリーズのことが好きだ! 世界一愛しているんだ!」


 かつて、これほどまでに軽い世界一愛しているという言葉があっただろうか。

 少なくとも、ここまで来るまでの道でそこそこの数の女性に手を出し、あまつさえロザリンデにまで食指を伸ばそうとした男が言っても、重みが全く感じられない。


「でもリシャールってさ、いつも違う女の子と一緒にいるよね。もしかしてみんなに対してそんなこと言ってるの?」

「これは手厳しいな。俺はあまりにも魅力的だからね、女の子の方がほっとかないんだよ。でも大丈夫! リーズにはきちんと「正妻」の座を用意してある! 光栄だろう? 俺の愛を誰よりも多く受けられるんだ!」


 そんな反吐が出るセリフを言いながら、リシャールはロザリンデのほうをわざとらしくチラッと見た。

 あれだけ毎日拒絶したのに、まだ一方的に自分まで狙っているその態度に、ロザリンデは何度目かわからないげんなりな心持になった。

 自分のことを臆面もなく「魅力的」と言うのも大したものだが、そもそも「正妻」という言葉を出す時点で、リーズやロザリンデとは根本的に価値観が合わないだろう。

 もちろん、リシャールには本来ここまで強気なセリフを吐く実力はあるのだが、少なくともこの村には彼の魅力が通用する人間はいなかったようだ。

 だが、リーズは最後の情けとばかりに一つの提案をした。


「じゃあもしリーズが結婚したら、してほしいこととかある? リーズのことが好きなら、ちゃんと言えるよね?」

『え!?』


 エノーとロザリンデは、リーズの予想外の言葉に思わず素っ頓狂な声を上げ、ひっくり返りそうになった。

 アーシェラと結ばれた今、リーズがそのようなことを聞くメリットなど皆無――――二人はそう思いながらも、ふとその質問を自分とそのパートナーに当てはめてみた。


(結婚したらしてほしいこと…………そうだな、ロザリンデには毎日じゃなくてもいいから、おいしいお茶を淹れてほしいなぁ。あとできれば、手料理が食べてみたいものだ。それと、まあ……子供ができて、しっかり育ててくれれば………いやいや、まてまて、それだけじゃない……はず、だが、半ば無理やり引っ張ってきた手前、これ以上俺のエゴを押し付けるわけには……)

(結婚したらしてほしいこと、ですか。エノーには第一に私のこと「だけ」を見て、しっかり守ってほしいですね。できれば、何度も頭撫でてもらったり、お姫様抱っこにも憧れますね。子供もたくさん作って、子供たちが尊敬する父親になってほしい。あとは、まだ見ない場所にあちらこちらに連れて行ってほしいですが……さすがに甘えすぎでしょうか?)


 どうもこの二人は、まだお互いに若干遠慮があるのか、願望は意外と控えめといってよかった。この程度なら、どちらも「喜んでやってあげる」と言ってくれるだろうし、むしろもっと頼ってくれてもいいとすら思うだろう。

 が、肝心のリシャールはといえば――――


「もちろん! リーズにしてほしいことは山ほどある! まずは、未来の公爵の一員として、礼儀作法を完ぺきにこなし、俺の妻の名に恥じない完璧な女性になってほしい! 跡継ぎもたくさん作りたい! そうだな、1番目と2番目は男子で、3番目は女子だ! それ以降も計画的に作ろう! そうすれば公爵家の将来も大安泰だ! ああ、もちろん夜の方もしっかりとこなしてほしい! 昼は淑女、夜は娼婦と言うだろう? それからやはり、勇者としての矜持を忘れることなく、これからも俺の隣で世界を導いてほしい! 公爵家の名は更に高まり、リーズの人生はこれから先もバラ色だ! あと、たまにでいいから君の手料理も食べたいな! 優秀な使用人は大勢いるが、やはり君の愛情がこもった料理が最高だろう! もちろん勇者だから、それくらい楽にできるだろう? ほかには――――」

「もういい、黙って。それ以上口を開くと、リーズの剣が喉を貫くよ」


 してほしいこととは言うが、これでは隷属しろと言っているようなものである。

 手料理を作ってほしいというのは誰でも思うかもしれないが、それ以外は完全に自分と自分の家に滅私奉公しろという、とんでもない内容だった。

 リーズも途中で聞いていられなくなったのか、リシャールののど元に剣を突き付けた。


「リシャール、前から思ってたんだけど、あなたこの先絶対に女の人と結婚しないで。結婚する女の人がかわいそう」

「だ……だけどさ、リーズ。愛しているなら………してほしいことを言えと言ったのは、君の方じゃ………」

「だからと言って欲望を言えとは言っていないでしょうに……。では逆に聞きますが、アーシェラさんはリーズさんと結婚したら、してほしいことはありますか?」

「僕ですか?」


 ロザリンデとしては、むしろアーシェラがリーズに対して何を望んでいるのかが知りたかった。

 アーシェラは、それこそリーズがリシャールのような自分勝手な願望を並べてきても、平気ですべて受け入れてしまいかねない。

「感謝されなくても、見向きもされなくていい。僕はただリーズの役に立ちたいだけ」――――かつてアーシェラがロザリンデに向かって言った言葉が、今でも彼女の中に残っている。

 だからこそ、知りたかった。アーシェラがどれだけ、リーズへの想いを深めたのかを。


 剣を構えたリーズのすぐ隣で、アーシェラはゆっくりと穏やかな口調で語り始めた。


「僕がリーズに望むことなんて、そんな大したことじゃないよ。まずは――――リーズにはずっと笑顔でいてほしい」

「っ!」


 リーズの顔が、見る見るうちに赤くなり、リシャールに対して怒りを向けていた表情がトロリと蕩けていく。とても穏やかで優しい笑顔で「ずっと笑顔でいてほしい」なんて言われたら、こうなるのも無理はないだろう。


「毎日健康で元気に過ごしてほしいし、僕の作った料理をおいしいって言ってたくさん食べてほしい。そしてなにより、リーズはリーズらしく、ずっとずっと幸せに……過ごしてほしい。ああ、そうだ。できれば僕に、遠慮なくたくさん甘えてほしいな。してあげたいことは山ほどあるけど、絶対にしてほしいのはこれくらい…………かな?」

「シェラっ! 好きっ! 大好きっ! リーズ絶対に幸せになるっ! 絶対毎日シェラに笑顔を見せるのっ! シェラ、愛してるぅっ!」


 リーズは、うれしさのあまり、リシャールを放置してアーシェラに抱き着き、その体にめいいっぱい頬ずりをした。

 まさかこの状態で、こんな甘々な光景を見せつけられるとは思わず、エノーもロザリンデも、そしてリシャールまで固まって動けなくなってしまった。


(かなわんな…………男として、まったく勝ち目がねえ…………)


 リーズに笑顔を見せてほしい。幸せになってほしい。

 考えてみれば当たり前のことだが、エノーをはじめ王国の仲間たちは、今までそんなことを一度でも思ったことがあっただろうか。

 むしろ、リシャールと同じで、リーズにはもっと勇者として頑張ってほしい、勇者として世界に尽くしてほしい……そんなことを毎日のように要求していたではないか。


 しかし、アーシェラだけは逆のことを考えていた。

 リーズは魔神王を倒した勇者だからこそ、全力で助けとなり、できる限り負担を減らしたい。そんな思いで、ずっと付き従ってきたのだ。


 親友のあまりの器の大きさに、エノーは改めて自分の小ささを恥じた。

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