氷獄
リーズとアーシェラによって作られたラブラブ空間で、エノーとロザリンデは改めてこの二人の絆の強さを知り、心を打たれた。
だが、それを現実とは認めたくないリシャールは、たっぷり1分近くフリーズしたが…………
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! きさまあぁぁっ! いい加減にしろよっ! 今すぐに俺のリーズから離れろぉっ!」
テーブルを割りかねないほど拳を強く叩きつけ、まるで噴火したかのような勢いで怒鳴るリシャールに、エノーとロザリンデはもはや驚くこともなく「またかよ」と呆れ、思わずため息をつきそうになった。
いくら彼が、女性関係では諦めが悪い……というより物分かりが悪いとはいえ、
リーズがここまでアーシェラに心を許している現状、これ以上説得しても無意味と諦めても文句は言われないだろう。
というよりも、そもそもリシャールは役割的に「王国の為、国王陛下の為、そして人々の為に戻るべき」と説得しなければならないのに、最初から最後まで「自分の為に」戻って来いと言っている。これでは説得する以前の問題だろう。
が、次の瞬間
「いい加減にするのはお前の方だ、リシャール」
「なっ!? てめっ!?」
『!!??』
急に鋭くなったアーシェラの声に、エノーもロザリンデも驚いて背筋に衝撃が走った。
リシャールがいきなり乱暴な口遣いになるのには慣れてしまったが、アーシェラが本気で怒る声は、エノーですら聞いたことがなかった。
「お前にはリーズを幸せにすることは絶対にできない。お前のような人たちがいる限り、王国に戻ればリーズは一生幸せになれない」
その声は今までになく、冷たく、重い。
表情は冷めきっており、相手を見つめていながらも、どこか遠くを見ているようなその眼は、敵に対する対抗ではなく、卑劣な罪を犯した罪人を見下すそれであった。
「何を言うかっ! お前が言うその程度のこと、俺にだって簡単にできる! 俺には家柄も、金も、能力も、美貌もある! リーズを幸せにできるのは俺の方だっ!」
一方でリシャールも、威圧されて指先が震えているものの、必死にアーシェラに食って掛かる。
彼もまた、魔神王とその軍勢相手には恐れずに立ち向かえた勇敢な人間だというのに……貴族社会の中ですら感じたことのない、正体がわからないプレッシャーに、徐々に気押されていく。
「無理だよ。そもそも、リシャールはさっき「君の手料理も食べたい」とか言ってたのに、少し食べただけでその「好きな人」の料理を「豚の餌」とか言って捨てたよね。そんなことされて喜ぶ女の子なんて、いないからね」
「は? 貴様、何を言って……………っ! ま、まさか!?」
「せっかくリーズが作った料理を捨てるなんて、最低っ!」
「それ以前にさ、誰が作ったものであれ食べ物を粗末にするのは人として最低だ。普通の人なら親からきちんと教わるのに。それとも王国の貴族は、親から教わるのはフォークとナイフの使い方だけなのかい?」
「そのこぼしたシチューと、潰したハンバーグを元に戻さないと、リーズは一生許してあげないからねっ!」
「あ…………あわわ!!」
なんと、リシャールが踏み抜いた料理は、アーシェラではなくリーズが作ったものだった! 今更気が付いたリシャールは、錯乱して足元に落ちたシチューやハンバーグを食器に戻そうとするが、いくらなんでも不可能だ。
「僕はね、リシャールのような軽薄な人間に、リーズの手料理を食べてほしくなかったんだよね。でもね、リーズは優しいんだ。リシャールも、エノーも、ロザリンデも、仲間外れにしたくなかったんだよ。そんなリーズの心を………お前は踏みにじったんだ」
「ち、違うんだ…‥! 違うんだよリーズ! 違うんだ! 俺はてっきり、こいつが作った料理だとばかり……!」
「じゃあもっと最低だね。シェラの料理だから捨てたなんて、本当に最低っ!」
リシャールは必死になって弁明するも、もうすべてが手遅れだった。
アーシェラは、リーズを守るためにありとあらゆる手段を講じており、抵抗すればするほど、深刻なダメージを受けてしまう仕組みに嵌ってしまったのだ。
エノーもロザリンデも、もはや目の前で起きていることを冷静に分析する余裕すらなかった。背中で冷や汗を幾筋も流しながら、リシャールという名の生贄によって、アーシェラの怒りが静まるのを待つしかない。
それに、下手をすればアーシェラの氷河のような舌鋒を一身に受けていたのは、自分たちだったのだから…………
だが、その認識すら甘いものだと、すぐに気付かされることになる。
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