因果応報
リシャールはリーズを説得できる可能性を完全に失った。
もとから可能性はほとんどなかったが、リーズからわずかなチャンスを与えられたにもかかわらず、その不見識で自らの評価に止めを刺してしまった。
もはや彼にできることは、自分を恥じてこの家から逃げ出し、変える方向もわからなくなって行き倒れるくらいだろう。そもそも、プライドがある貴族なら、自分の犯した恥に耐えられず、自刎しかねない。
だが、アーシェラの攻撃の手は緩まない。
「寝込みを襲おうとして、逆に無意識のうちに蹴り飛ばされるような人と、まともな夫婦生活を送れると思う?」
「ちょっ!? まっ!? な、何のことだよ!?」
「リーズは寝相が悪いっていう噂があったよね。魔神王討伐の旅で、実際に寝ているリーズに蹴られた人間が5人いるんだ。まさかそのうちの一人が、のこのことこの村にやってきて、リーズを口説きにかかるなんて、滑稽なことこの上ないよね」
「き……貴様! どうしてそれを…………!」
(こいつ……! 以前はまともだと思っていたのに、それすら偽りだったわけか……! 俺は、こんなやつの隣で戦っていたのか!?)
(世界の存亡が懸かっている戦いの最中に…………残りの4人はどなたでしょう)
アーシェラの口から投下された特大級の爆弾は、リーズを震え上がらせ、エノーとロザリンデをドン引きさせた。
「き……貴様! どうしてそれを…………!」
「真夜中にリーズに思いきり蹴られて、天幕の布を突き破って、さらに隣の天幕に突っ込んだあげく、肋骨を6本折る重傷を負ったよね。ロザリンデが所用により不在で、朝までまともな回復ができない時に、応急処置をしてあげた人の顔を…………よーく、思い出してみるといいんじゃないかな?」
「ま、まさか………っ! 貴様、あの時の……っ!」
アーシェラは2軍の雑用係だった。1軍メンバーからは、そもそも戦力にすら数えられていなかった。そんな矮小な存在であるアーシェラだが、実際はパーティー内の雑務から財政まで管理しており、陣営内で起きていた不祥事はすべて把握している。
つまり、かつてのパーティーメンバー全員……エノーもロザリンデも例外なく、何かしらの弱みを握っているのだ。
エノーとロザリンデは、そそくさと自分の席を離れ、無言でリーズとアーシェラのいる机の方に回った。これ以上リシャールのそばに居たら、自分たちにどんなとばっちりが来るか分かったものではない。
今は、恥も外聞も投げ捨てて、アーシェラに白旗を上げるしかない。
「ちくしょうっ!! 2軍の雑魚のくせにっ! 余計なことばかりべらべらべらべら喋りやがって!! こうなったら……無理やりにでもリーズを連れて帰ってやるからなぁっ!! おい! ロザリンデ! 武器をよこせ! エノー! そこの2軍風情の下民を押さえつけろ!」
「どこに向かってしゃべっているのですか? 私はここにいるのですが」
「お前…………いつから俺がお前の部下になったと錯覚していたんだ?」
案の定、リシャールはエノーとロザリンデがまだ味方だと思っており、隣にいるはずの二人に助力を求める。が、二人はすでに、リシャールを完全に見捨てていた。
生贄の役割が済んだといえばそれまでだが、さっきからのやり取りで二人は改めて、リシャールを許してはならないという思いを強くした。
自分たちも、リーズにさんざん辛い思いをさせてしまったという自覚はあるが、この男のそれは問題外だ。下手をすれば、魔神王討伐作戦に悪影響を与え、人類の損害がより大きくなっていたかもしれないのだから、許されることではない。
「確かにお前は、馬上なら死をも恐れない勇敢な戦士だけど、ひとたび馬を降りれば王国にごまんといる貴族のボンボンとそう変わらないよね。いや、ひとたび綺麗な女性を見ればその花を手折り、そのくせまるでおもちゃか何かのように、飽きれば捨てる。ああ、これじゃあぼんくらの貴族以下だね、どうしようもない。だから――――」
そして二人は、この光景を一生忘れないだろう。
「リシャール! お前はリーズの敵だっ!! もはや同じ空気を吸っていることさえ許せないっ! 今すぐにっ! 永遠にっ! リーズの視界から消えろっ!!」
「が……があああぁぁぁぁ……………っ!!!!」
アーシェラが、生まれて初めて直接放った罵倒により、リシャールのプライドは木っ端みじんに破壊された。彼は狂ったように絶叫し、両手で頭を押さえて子供が駄々を捏ねる様に顔を震わせ…………すぐに口から泡を吹いてその場に倒れ、失神した。
一瞬、時が止まったかのように、村全体が静寂に支配される。
自分たちが過ちに気が付かずにいたら、目の前で無様に倒れたのは自分たちだったかもしれない――――エノーとロザリンデは心臓が冷えて固まりそうな恐怖感に襲われた。
(絶対にうやむやにするわけにはいかない。土下座してでも清算せねば)
(私はどこまで考えが甘いのでしょう……今更許してもらえるでしょうか)
二人は、事前にこの計画を話し合っていたころ、まだアーシェラのことを甘く見ていたようだ。リシャールを標的に仕立て上げ、ボコボコにされるのを見た後、余裕があれば自分たちもちゃっかりアーシェラ側につき、後ろ指を指してやろうとすら思っていた。
ところが現実はどうだろう。あまりの冷徹な追い込みぶりに、二人の肝は冷えっぱなしで、リシャールを笑ってやる余裕などなかった。
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