見えるもの、見えないもの
第二王子との会談が終わり、ようやく自由の身になることができたエノーだったが、彼の心は折れかけていた。
エノーは、王宮の一角にあるバルコニーの欄干に身を乗り出し、王宮の外に広がる城下町と、その向こうの城壁を虚ろな瞳で見つめる。
青空に輝く太陽はやや傾いていて、昼食の時間がとうに過ぎていることを示しているが、今は何も食べる気にならない。
かつて共に戦った仲間たちの話によれば、リーズはわずかな時間が空いた時、このバルコニーからずっと遠くを見つめていたという。彼らによれば、このバルコニーから城下町を見渡すと、笑顔で暮らす王国の人々の姿が見えるので、自分が平和を取り戻したと実感できるのではないかと語っていたが…………
「見えないじゃないか」
エノーは思わずそうつぶやいた。
バルコニーのある王宮から城下町の間には広い庭園が広がっており、庭園の向こうには王宮の城壁がある。その向こうに見えるものといえば、赤や茶色の屋根位のものだ。どんなに目がよい人間でも、ここから人々の顔など見れるはずがない。
「それともあれか、心の目で見ろと」
だとしたら、王国の人々はつくづく傲慢だ――――エノーは改めてそう感じた。
実際に城下町に住む人々の顔も見ずに、ここに立って屋根を見ただけで満足していたというのなら、間違った思い込みが増えるだけではないのか。
そして…………実際にリーズは何を思って、ここから見える景色を眺めていたのだろうか。その答えが、今のエノーにならわかる気がしてきた。
「ふっ……そういえばツィーテンの姉貴に、夢見がちだって言われたっけ。近道しようと突っ走るのもいいけれど、結局は遠回りになることの方が多いって」
ふとエノーは、かつて一緒に冒険していた、姉御肌の女性……ツィーテンのことを思い浮かべる。
今の境遇を彼女が見たら、彼女は怒るだろうか、あきれるだろうか……いや、やはり最後には笑って済ませるかもしれない。ただし、ツィーテンはもうこの世にいない。色々バカにされてムカつくこともあったけれど、なんだかんだで一番気が合った仲間だったかもしれない。
(あの頃に戻りたい)
将来が見えない。明日も見えない。そして現在の閉そく感。
そうなった人間が縋り付くのは、過去の思い出しか残っていない。
リーズはきっと、このバルコニーから過去を見ていたのだろう。
「おかしな話だ。世界が魔神王に滅ぼされることにおびえ、いつ死ぬかわからない苦しくて辛い日々だったじゃないか。そんな過去に戻りたいだなんて……………」
エノーは静かに首を振った。今の彼には、未来に伸びる別の道が見え始めているではないか。今度もまた遠回りするかもしれないが、ひたすら間違った道を進むよりかは遥かにましだ。
「エノー様! こちらでしたか!」
「ん……」
欄干に寄り添って考え事をしているエノーに、男性騎士が声をかけてきた。男性騎士の姿を見たとたん、若干疲れ気味に見えたエノーの表情が一瞬で引きしまる。
彼はエノーの部下の一人で、少し前に急ぎの任務を任せていた。それは、アロンシャムという町にロジオンという人物が住んでいるかどうかを探ること。部下の報告次第で、この先のエノーの運命が大きく変わるのだから、黄昏ている場合ではない。
「もう戻ってきたということは、いたんだな、ロジオンは」
「はっ! その通りです。アロンシャムの町にはロジオンという者が、大通りに「ザンテン商会」という店を構えているとのことです。詳細な情報はこちらに」
「そうか。至急と命令したとはいえ、よくこれだけの短期間で調べたな」
エノーは、アーシェラからもらった手紙の内容を裏付けるため、部下にロジオンの居場所を探らせていた。そして、実際にロジオンは手紙の通りアロンシャムに住んでいた。これで、リーズへの手掛かりは大きく前進した。
「書類はあとで目を通す。短いとはいえ大変だっただろう、今日はもう休んでいいぞ」
「……エノー様、一つお聞きしてよろしいでしょうか」
男性騎士にもう下がって休んでいいと言ったエノーだが、部下はまだ何かあるようだった。
「最近王宮で、勇者様が帰らないという噂を耳に挟んだのですが、今回の任務は…………この件と何か関係があるのでしょうか」
「ふむ、お前はそう思うのか?」
「差し出がましくはありますが、今回の任務の目的が、私にはわからず……」
「なるほど、だが、今回の任務は勇者様とは関係ない。それに、勇者様が戻ってくるのは3か月後の予定だろう?」
「そうですか…………。いえ、勇者様が旅に出てから、なんだかこの国が重苦しくなったような気がしまして。早く戻ってきていただけるといいのですが」
「俺もそう思うよ」
(残念だが、リーズは戻ってこないな。いや、万が一戻る気があっても、俺とロザリンデで未練を断ってやるんだ)
部下にはかわいそうだが、エノーは適当に誤魔化して帰らせた。
彼はまだ納得していないようだったが、エノーはこれ以上話すことはないという態度を前面に出していたので、あきらめざるを得ないようだ。
「ともあれ、これで厄介なことはあらかた片付いた。俺も今日は早めに仕事を切り上げて、ロザリンデが家に来るのを待つかな」
今頃ロザリンデは、リーズの実家でリーズの父親――ストレイシア男爵と会談中のはずだ。さすがに仕事中の恋人のところに乗り込むわけにもいくまい。
そう考えながら歩いていた矢先、廊下を歩いていたエノーを赤い髪の男性が追い越した。ロザリンデと会談しているはずの、ストレイシア男爵フェリクスが…………
「ってフェリクスさん、なぜここに!?」
「すまないエノー殿、今急いでいるのだ!」
先を急ぐフェリクスを見て、また何か嫌な予感がしたエノーは、とりあえず急いで彼に同行することにした。
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