野望の王国

(爵位をくれてやるというのはまだわからんでもないが、ロザリンデをくれるだと?)


 隠しているとはいえ、人の恋人をまるで物か何かのように「くれてやる」言い放つセザールに、エノーはすさまじい怒りを覚えた。それと同時に、セザールが王位を継げば、中央神殿への介入も辞さないと言っているに等しく、それはそれで大問題である。


「どうだ、嬉しくて声も出ないか?」

「ええ、正直驚きました。地位はともかくとして、なぜ聖女ロザリンデさんを?」

「隠しても無駄だ。お前は勇者リーズに恋心を寄せるだけでは飽き足らず、聖女ロザリンデも狙っているのだろう? あれだけ四六時中ずっと一緒にいるのだから、そう思っていても不思議ではあるまい」

「いえ、ですから、それは任務で…………」

「俺の婚約者に横恋慕するだけでは飽き足らず、聖女まで手籠めにしようとは、貴様は見かけによらず節操のない男なのだな」


(お前だけには言われたくねーよ!)


 セザールの言葉に、エノーは心の中で思わず盛大にツッコミを入れた。今すぐに手鏡を持ってきて「これに向かって今の言葉をもう一度言ってください」とやってやりたかった。


「まぁ、リーズは当然俺のものになるわけだから、貴様は確実に失恋するわけだな。だが、俺様は寛大だ。神殿が必死になって箱に入れて出さないようにしようとしている聖女を、俺が国王になった暁には堂々と連れ出してやろう」

「殿下、恐縮ではございますが、そこまでしていただかなくても結構です」

「遠慮するなって。ロザリンデのアソコの具合も、俺がきちんと確かめて、貴様に見合う女に育てて渡してやろう。悪くない話だろう?」

「…………」


 もはや呆れて声も出なかった。何のことはない、セザールはエノーがロザリンデを狙っていると勝手に思い込んで、それに当てつけて最終的にロザリンデを奪ってやろうと妄想しているのだろう。ここまで発想が飛躍すると、目の前の王子がとたんにいろいろ残念に思えてならない。


「聖女様はともかくとして、辺境伯の地位はどうなるのですか? 王国にはもう切り売りするような土地は残っていないはず。ましては辺境伯ともなれば、それに見合う土地が必要になりますが」

「なんだ、貴様は女だけでなく土地や権力も欲しいのか? そんなに強欲だと、黒騎士の名が泣くぞエノー? ハッハッハッ」


 セザールはいちいちエノーの言葉の上げ足を取り、バカにしたように笑う。

 後ろに立っている大貴族たちも、セザールに従うように揃って嘲笑してきた。対するエノーはもうどうでもよくなってきたので、先ほどから感じていた怒りもだいぶ収まりつつあった。


「そうだな、低地ネブラシヌス地方一帯なんてどうだ。あそこは比較的土地が豊かだと聞いている」

「ご冗談を。低地ネブラシヌス地方は王国の土地ではありません」


 低地ネブラシヌス地方とは、王国領から南西の方角にある地域のことで、共和制を敷く中小国が数多く存在する。もちろん王国領ではない。


「冗談などではないぞ。今やわが王国は、勇者をはじめとした魔神王すら倒した戦力がある。それに、かつてはわが王国と競い合っていた大国カナケルはもうない! 今こそ、世界をこの国の……俺の支配下に置くチャンスでもある。そしてその先陣には、リーズや貴様に担ってもらおう」

 

 エノーは今度こそ開いた口がふさがらなかった。

 ついさっきまで王族の畏怖が何だのと勘違いして、恐れを感じていた自分がバカらしく思えてならない。


(周りの大人たちは、一体こいつに何を教えたんだろうか)


 ただ、エノーにはもう一つだけ…………根本的に解せないことがあった。


「ですが殿下、何度も申しますように国王陛下は未だ健在です。たとえ王子からそれらが頂けるとしても、何年先の話になりますやら」

「そうだな……せっかくだから、貴様には特別に教えてやろう。父上は知っての通り、胸の臓に聖女ですら治せない持病を抱えているが、その様子が最近思わしくない。兄上や弟たちには知らせていないが、医師の話では持って後2、3年だという」

「陛下が…………!?」


 エノーはようやく、セザールがやたら強気な理由が理解できた。

 確かに彼も、国王の顔色はあまりよくないとは思っていたが、そこまで切羽詰まった状況だとは考えてもみなかったのだ。

 そして、後ろにいる大貴族たちまで伴って、自分に圧力をかけてきたわけも理解できた。


(これだけいろいろ知ってしまったからには、ここで向こうの要求を断ったら、俺は王国貴族社会で完全に干されるな……いや、それどころか暗殺対象にされかねん)


 そう、実際にエノーを無理やり自陣営に引き入れようとしているのは、セザールではなく後ろにいる大貴族たちだ。セザールの役目は、話し合いの中でエノーのヘイトを集め、深追いせざるを得ない状況に誘い込むための餌に過ぎなかったのである。

 セザールに2時間も延々と嫌味を言わせたのは、エノーが疲弊して判断力をなくすように仕向ける為の作戦であり、エノーはその思惑に見事乗っかってしまったことになる。

 

 ただし、貴族たちは一つだけ重要なことを見落としていた。

 それは…………エノーがもう王国貴族生活に、何の未練も持っていないということである。 

 

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