騙し合い

 エノーがロザリンデに語った、第二王子との会談の内容は、想像以上に酷いものであった。

 第二王子セザールからあらかじめ呼び出しを受けていたエノーは、侍従の案内で王宮の奥の部屋に足を運んだ。王族の許可がなければ立ち入れない、王族との面会室では、セザール本人だけでなく、前日にパーティーで会ったばかりのヴィルドゥアン公爵と、彼に近い貴族たちまで揃っていた。


(これはただ事ではない……いったい何の話をする気だ?)


 一対一で嫌味を言われるだけだと勝手に思い込んでいたエノーだったが、その場に並ぶ人物たちを見て、一瞬で気を引き締めなおした。

 ヴィルドゥアン公爵家はセザールの母親の出身家でもあり、その上取り巻きの貴族がいるということは、エノーに対して何か一方的に要求し、承諾するまで逃さないつもりなのだろう。


「よく来たな黒騎士、そこに座れ。飲み物は特に必要ないよな」

「はい、失礼します」


 窓を背後にし、高級ソファーに足を組んで尊大な態度に腰掛けるセザールに対し、エノーはあくまで貴族の礼儀に則り、姿勢を正して、向かい合わせに着席した。

 彼の背後にずらりと並ぶ大貴族たちと合わせて、王子の威厳で圧迫面接をしているつもりらしいが、いざとなったら30秒もあれば素手で皆殺しにできるエノーにとっては、彼らがそこまで脅威とは感じなかった。


「まぁ、まずは最近貴様の王室への態度についてだな。将来王国を継ぐ俺にとって、お前のその忠誠心と愛国心の薄さは見過ごせないと思ってな。今のうちにその心根を正してやろうと思ったわけだ。どうだ、賢明な王子だと思わないか?」

「ええ、まあ(何の茶番だこれ?)」


 いつものことだが、セザールが本心からそう言っているのであれば「頭が湧いているのか?」と思われても仕方のない言動だ。だが、後ろに控える公爵をはじめとする貴族たちは、したり顔でウンウンと頷いている。


(何でもいいから、さっさと本題に入ってくれないものかな)


 困ったことに、セザールは「王国貴族と忠誠の意義」という名の高説――――その実、エノーへの嫌がらせとダメ出しを、長々と時間をかけて一方的に延々と語った。

 対するエノーは近日中に王国を去る身なので、表面上はわざとらしく感服して見せるが、話の大半は右から左へ聞き流す。話を聞いて、時折相槌を打つだけならなんてことない。

 むしろ、セザールの後ろで立ったまま話を聞いている貴族たちの方が、エノーよりよっぽどつらい思いをしているに違いない。


 そして、セザールが話し始めて約2時間経過し――――


「――というわけだ。分かったなら、改めて今後は王室に……ひいては俺に忠誠を尽くすと誓えるか」

「王国への忠誠は、今まで以上に尽くしましょう。ただ、私が忠義を尽くす相手は国王陛下ですので、セザール殿下が国王におなりになったら、改めてお誓いする所存です」

「…………まあいい、その言葉に偽りはないな」

「もちろんですとも」


 もはや何を言おうと空手形になることは確定なので、エノーは王国にさらなる忠誠だのをホイホイ平気で口にすることができた。ただし、それでは面白くないので、なんだかんだで言いがかりをつけてセザール個人への忠誠は徹底的に拒否した。

 第一王子が健在な以上、国王が乱心しなければセザールが王位につく可能性は低いし、たとえ王位についたとしても、その頃エノーは王国にいないので、そこまで拒否する意味はない。

 けれども、エノー個人がセザールを嫌っているので、うわべだけでも彼の傘下につくのが嫌だったのだ。さんざん嫌がらせを受けたのだから、この程度のささやかな抵抗もしたくなるものだ。


 ところが、ここでセザールが急ににやりと獰猛な笑みを浮かべた。エノーはその表情の真意を一瞬測りかねたが、その直後――――――場の雰囲気が一気に変わった。


「ふっ……はっはっはっは!! やっぱりそうだよな! 貴様は上辺だけでしか忠誠を語れないんだな! こんなのが「黒騎士」だなんてちゃんちゃらおかしい!」

「……?」


 まるで道化師の滑稽な動きを見たかのように、手を叩きながら高笑いするセザール。王子の突然の変わりように、エノーは困惑するほかなかった。


「あのな、貴様が俺のありがたい話を聞き流していることなんて分かってるんだよ! 貴様はずっと俺のことが大嫌いなんだろう? なんなら殺したいほど嫌いなんだろう? 全部知ってんだ!」


 エノーはどう反応していいかわからなかった。いつもなら適当におだてていれば調子に乗るセザールだが、さすがに今回はぞんざいに対応しすぎたのだろうか。

 ぶっちゃけるなら、殺したいほどまでではないが、気にくわないと思っていたことは確かだ。もちろん間違っても口には出さないが。


(本当に何がしたいんだよこの王子は……)


 動きが読めない相手程厄介な敵はいない。

 セザールが最終的に何を求めているのか、エノーには全く見えてこなかった。


「だがな、俺も未来の国王だ。俺のことを嫌っている奴でも、能力があれば使っていかなければならない、そうだろう?」

「……! ええ、まったくをもってその通りです。俺が王子のことを嫌いかどうかは置いておくにしろ、その考えは素晴らしいかと」

「正直言えば、俺も貴様のことなど大嫌いなのだが、戦いでの腕前は大いに買っている。

だから…………俺に忠誠を誓えば、現国王が貴様に与えた地位と名誉以上のものをくれてやろう。

どうだ、悪い話ではないだろう」


 エノーは黙って頷くほかなかった。

 彼は久しぶりに、王族に対しての「畏怖」の感情を思い起こさせられ、背中に幾筋もの冷や汗を流す。


「で、なにをいただけるのです?」

「聞いて驚くなよ? 辺境伯の地位と……聖女ロザリンデなんてどうだ?」

「なっ……!?」


 ついに平静を装いきれず、驚愕の表情を浮かべるエノー。

 その表情を見たセザールは、エノーが術中にはまったことを確信し、野獣のような鋭い眼光を放った。

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