16日目:日常

「リーズ、朝だよ。おきて」

「んみゅ……ぁさ?」


 雨上がりの16日目朝。今日もリーズはアーシェラに体を揺すられて目を覚ます。

 窓の外からは綺麗な光が差し込み、想い人の笑顔が今日も輝いて見える。


「ん~っ! おはよ、シェラ!」

「うん、おはよう。今日も一日よろしくね」


 いつものようにおはようの挨拶を交わし、お互い服を着替えたら、リーズは外で朝のトレーニングに、アーシェラは台所で朝食の準備に向かう。


「よーしっ! 2日動いてなかった分、張り切っちゃおうっ!」


 まるで強弓から放たれた矢のように、リーズは家を飛び出して一直線に村の外の森に向かった。

 リーズはまずそこで、適当な太い樹を見つけると、持ってきた2本の剣を両手に握り、中心で交差させるように斬撃を繰り出す。

 上位の魔獣の上半身と下半身を泣き別れさせる威力の2回攻撃により、太い樹は一瞬で切断された。めきめきと音を立てて倒れ始める樹を、リーズはさらに追撃し、舞うように剣を振るう。


「うん、今日もバッチリ!」


 何ということだろう。太い樹は自重で傾いて地面に倒れ伏すまでに、まるでゼリーを切り裂いたかのように綺麗に3等分されてしまった。鉄のゴーレムすら輪切りにすると恐れられる勇者の斬撃。こんなのを一般人が見た日には、恐ろしくて記憶をなくしてしまいかねない。


 しかし、リーズのトレーニングはまだ始まったばかり。

 彼女は切断した丸太の一つをロープで縛って背中に背負い、残りの二つを両肩に担いだ。

 自身の体より一回りも太く、長く、重い丸太を3本――――これで動けるというだけでも驚きなのに、リーズはこの状態で全力疾走を始める。

 村周辺の凹凸が激しい地形を、3本の丸太を装備しながら難なく駆け抜けるリーズ。風になびいて流れる紅のツインテールと、舞い散る汗が、朝日を浴びて輝いていた。


「あ! いい匂いがするっ! 今朝はカボチャスープかな? シェラ、今行くからねっ!」


 走っている最中にアーシェラの家からいい匂いがしてくれば、朝食の用意ができた証拠だ。

 リーズはいつも通り訓練に使った丸太を、ブロスの家のすぐそばに置いていくと、身も心も身軽になって、巣に戻るハヤブサのごとく家に戻っていった。


 リーズの毎日の朝はこうして始まる。


 二人で仲良く朝食を食べた後は、まず毎日やるべき家事を片付ける。

 アーシェラは朝食の片づけと昼食の下準備をして、その後は衣類の洗濯をする。その間にリーズがやるのは武器や防具のメンテナンス。装備品を常に万全の状態にしておくことは冒険者の基本中の基本だが、意外とおろそかにする輩も多い。

 魔神王討伐の道中でも、1軍メンバーの大半がメンテナンスをアーシェラに丸投げした中、リーズはきちんと自分の装備は自分で整えた。これも以前からアーシェラに言い含められていたことだ。


「シェラーっ! お洗濯終わったー?」

「ああ、リーズ。僕も丁度終わったところだよ。今日はいい天気だから、洗濯ものもよく乾くね」


 家の裏にある物干し竿に、雨で洗濯できなかった3日分の洗濯物が干されている。

 雨上がりの空は快晴で、風も穏やかだ。アーシェラが言うように、大量の洗濯物もすぐに乾くだろう。


 家事を終えた二人は、次に薬草畑に向かう。

 柵に囲まれた土地に生える薬草は、雨粒がしっかり滴っており、今日は水をやる必要はなさそうだ。

地面に生える邪魔な雑草を丁寧に引っこ抜いて、病気になっている葉がないかチェックすれば、畑仕事は終了だ。


「なんだか薬草の木たちは、前よりも元気そうな気がする!」

「きっとリーズに手を掛けてもらっているから、薬草の木も嬉しいんだろうね」


 午前中の日課はこれでおしまい。あとはお昼までの時間で、村の人たちの家に問題がないか巡回して回る。


「ヤァ村長! ヤアァリーズさんっ! 今日も村は平穏そのもの! うちの親父も、リーズさんが丸太を斬ってきてくれてめっちゃ助かってるよ! 私も樵稼業引退しようかな、なんちゃってっ!」

「……あなた、お小遣い減らすわよ」

「ごめんよゆりしー」


 ブロスの家は今日も賑やかそうだった。


「リーズ殿、村長。見回りご苦労。今日も魔獣の襲撃はない。安心してくれたまえ」


 村を守備するレスカは、見張り台の上で村に向かってくるものはないかずっと見ていてくれている。


「村長! リーズおねえちゃんっ! こんにちわっー! 今日もヤギさんのミルク、たくさん取れたよっ! 飲んでく?」

「ごきげんようリーズさん。それに村長。私は本業から帰ったばかりなので寝ますわ。お休みなさいませ」


 イングリッド姉妹は今日もいい意味でも悪い意味でもマイペースだった。

 だが、ミルカがあいさつもそこそこに自分の寝室に戻ろうとしたとき……ふと、何かを思いついたように眠そうな目を開いた。


「そうでした…………私としたことが、忘れるところでしたわ。リーズさん、もしよろしければ、明日の午後に我が家で「サロン」をしませんこと? それも女性だけで♪」

「サロン? 女性だけ? え、なにそれ?」


 ミルカの妙な誘いに、リーズは目が点になった。

 サロンと言えば、王宮の文化人が私的に邸宅に集まって文化的な活動をすることだが、まさかこんなところで誘われるなど思っても見なかった。

 しかも女性だけということは、アーシェラをあえてその場に同席させないということでもある。趣旨がよくわからないので、断ろうとしたリーズだったが――――


「いいんじゃない? リーズもたまには、女性同士でしかできない話をしてみるのもいい経験だと思う」

「う~ん……シェラがそこまで言うなら」

「ふふふ、では決まりですわね。あとはユリシーヌさんとレスカさんを呼びましょうか。明日が楽しみですわね♪」


 男性であるはずのアーシェラから勧められたリーズは、渋々参加を決めた。


「そして村長は、きちんとお土産をご用意くださいね♪」

「……リーズを誘った理由がそれってことはないでしょうね?」


 今やすっかり村の一員となりつつあるリーズ。

 しかし、その登竜門ともいうべき大イベントが近づいていることに、彼女は気が付いていなかった。 

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