二人の貴公子

 話は戻って、アーシェラの手紙が来た3日後の王宮――――

 勇者リーズが連絡を絶って行方不明という情報は、王宮内にひっそりと広まりつつあった。


 そしてこの日グラントの部屋では、ちょっとした騒動が発生していた。


「グラント! 勇者はまだ見つからないのか!!」


 一人の青年男性が、グラントの執務机にドカンと拳を叩きつけ、積んであった書類が風圧で宙を舞った。

 しかし、目の前に拳を叩きつけられたグラントは、涼しい顔をしながら青年を窘めた。


「まあ落ち着きなさいませ、セザール殿下。そのようにお怒りなされた状態では、私めも恐縮で話もできませぬ」

「ふざけるなよ……! 王子様が直々に来てやってんだ。舐めた真似すんだったら、ただじゃ済まねぇぞ!」


 グラントに怒りをぶつけている男性……セザールは、180センチ以上はあろうかというスラリとした長身に、やや長めの深い青色の髪の毛、そしてかなり強気な性格が伺える顔立ちをしている。

 自身でも「王子様」と称しているように、セザール現国王の次男で、おまけにイケメンで社交的、文武両道と、まさに絵物語から出てきたような完璧な男性である。

 当然宮廷内の人気も高く、浮名を流した女性は数えきれない。まだ結婚はしていないが、常に複数人の美女を侍らせる漁色家でもある。


 だが、セザール王子は少々……いや、かなり自制心に欠ける面があり、勇者リーズが戻ってこないことに業を煮やして、今日もグラントの元に押し掛けてきたのだ。


「幸い、勇者様の無事は確認されております。いずれは戻ります故、もうしばらくお待ちなさいませ」

「生意気な女め。勇者だからといって調子に乗りやがって。帰ってきたら、将来の旦那様に尽くす「作法」を徹底的に仕込んでやらんとな。剣の扱いにかけては世界一というのだから「あちら」の扱いも上手くなってもらわねばなるまい」

「……失礼ながら、殿下はまだ勇者様と婚約すると決まっていないのでは?」

「時間の問題だろうさ。兄上は結婚してもう子供もいる。ならば、まだ結婚していない俺様がもらってやるのが当然だろ!」


(王族とはいえ、このような男に勇者様を嫁がせたくないものなのだがな…………)


 セザールの言葉を淡々とあしらうグラントだったが、内心では、尊敬する勇者様に対する失礼な物言いに、大いに呆れかえっていた。

 いくら王国への忠誠心が厚いグラントと言えども、王族がこのような軽薄さではやり切れ合いものがある。


「とにかくだ! 今日は明確な回答があるまで、この部屋で待たせてもらおう」

「どうぞご自由に。おい、殿下に椅子と飲み物を、すぐにお持ちするんだ」


 リーズが音信不通になったと聞いて、ここぞとばかりにグラントに詰め寄り、あわよくばリーズと接触しようとする男性はセザールだけではない。それこそ、一日に何人もの勘違い男が来るせいで、グラントはすっかり彼らへの対応には慣れっこだった。

 この手の輩の殆どは「分かるまでこの場を離れない」と言うも、飽きれば結局帰っていく。グラントは、セザールに仕事の邪魔をされないように、副官に命じて上等な椅子と飲み物を用意させた。

 ありがたいことに、少しおとなしくしてくれさえいれば、他の男性貴族の大半は王子を恐れて部屋に入ってこなくなるだろう。



 ――が、やはり何事にも例外はあるもので……


「ごきげんようグラント。早速だが、リーズの居場所はわかったかい?」


 クールで高貴な雰囲気を漂わせた端正な顔の青年が、数人の召使を伴って執務室に入ってきた。彼はセザールのことなど気にも留めずグラントに話しかけようとするも、すぐに行く手をセザールに阻まれた。


「リシャールてめぇ、ここになんの用だ? まだ俺の婚約者を狙ってんのか?」

「ふっ……いくら第2王子殿下と言えども、リーズは御しきれますまい」


 リシャールと呼ばれた青年は、王子の威圧に臆することなく、堂々と啖呵を切って見せた。

 彼こそは王国有数の公爵家の御曹司であり、魔神王討伐に参加し、パーティーの一軍も担った新進気鋭の騎士でもある。馬上にあって剣を振るえば、その技量は勇者リーズに匹敵するといわれ、堂々たる容姿は数多の婦女を魅了した。

 噂によれば、彼のあまりの格好良さに、自分の夫がダサく見えることに耐えられず離婚した女性もいるとか。

 1軍の中でも女性人気は圧倒的で、リシャールならばリーズと釣り合うだろうと思っているメンバーも多い。


 本人も、リーズは自分の恋人だと言って憚らず、セザールとはしょっちゅう対立している。


「リシャール殿、何度も言います通り、勇者様の居場所は、判明次第通知するといっているではありませんか」 

「何言ってんだよグラント。共に勇者の下で戦った俺と君の仲じゃないか! 真っ先に教えてくれないと困るんだよね」


 「共に戦った仲間」という単語に、セザールはカチンと頭に来た。

 なにしろリシャールは、勇者リーズと肩を並べたという実績があるし、この一点だけでもセザールに対して有利が取れる。


「てめぇいい加減にしろ! 勇者は俺のモンつってんだろうが! 次代の王に逆らう気かてめぇ!」

「それは実際に王冠を頂いてから言うのですね。もっとも、我が公爵家が賛同しなければ、セザール様は王冠からぐっと遠のきますが」

「ああ上等だ! てめぇが何と言おうと、勇者は王家に迎え入れるって父上が決定してんだ! 公爵家如きが逆らえると思うなよ!」


(喧嘩なら余所でやってくれんかな……)


 本人たちは真剣なのだろうが、グラントにとっては迷惑なことこの上なかった。

 双方が連れている召使も、主人同士の口争いを止めようとしているが、収まる気配がない。

 このままでは、あわや決闘か――――そんな緊迫した空気が立ち込める執務室に、丁度良くエノーとロザリンデが訪ねてきた。


「失礼しますグラントさん。騒ぎが聞こえてきたのですが、何事ですか?」

「エノーか。見ての通り、王子殿下と公爵様がな…………」

「まあまあ王子様、それにリシャールさん。お二人が望む情報をお持ちしましたから、どうかこの場はお納めくださいな」

『!!』


 どうやら、エノーとロザリンデがようやく勇者リーズの居場所の手掛かりをみつけたようだった。

 これによりセザールとリシャールは一時的に口論をやめ、執務室は静寂を取り戻した。

 グラントはホっと安堵のため息をつくと、二人に説明を促した。

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