花束
飛鷹の月1日――――この日、アロンシャムの町からほとんどの人の姿が消えた。
いつもは人々でにぎわう目抜き通りの市場も、冒険者が集う「ザンテン商会」の店の前も、まるで突然ゴーストタウンになったかのように、人々が忽然と消えてしまった。
町を訪ねてくる旅人の中で「あること」を知らない者がいたら、一体何が起きたかわからず、困惑するばかりだろう。だが、全く人がいないわけではなく、所々で鎧を着て武器を持った兵士が巡回しているのが見える。………もっとも彼らは、アロンシャムの町の自警団ではないようだが。
「えっと、すみません。自警団の方々ですか? 俺は旅の者なのですが、この町の人は一体どこに?」
「なんだあんた、知らないのかい? 我々は街の西にある「勇者の丘」に集まった諸国軍の兵士よ。ちょうどいい、今から行けば面白いのが見れるぞ」
そんな会話の後に、事情を知らない者たちが西の郊外へ向かうと――――見た瞬間、誰もが腰を抜かしそうになっただろう。
中小合わせて30ヵ国以上が、小高い丘の周りを囲むように大規模な陣地を構築しており、この後大規模な合戦でもあるのではないかと思うほどの騒ぎとなっている。各国の旗が色とりどりに靡き、様々な軍装の兵士たちが行きかうが、彼らに合戦の前の緊張感は感じられない。むしろ、陣地の所々から何かの食べ物を焼く匂いと煙が立ち上り、軽快なリズムで演奏される楽器の音も聞こえる。
さて、そんな陣地の中でひときわにぎやかな場所があった。
「勇者様! いえ、リーズさん! 結婚おめでとう!」
「アーシェラ! よく王国の連中にぎゃふんと言わせてやったな! リーズを幸せにしてやれよ!」
「えっへへぇ~! みんな…‥みんなっ! リーズは会えてとっても嬉しいよ!」
「世界に平和が戻ってきたって実感できるよ。これもみんなが力を合わせて頑張ったおかげだね」
腕を組んで歩くリーズとアーシェラに、かつての2軍のメンバーたちと、彼らの雇い主である諸国の代表者たちは、祝福の言葉と熱烈な握手で歓迎した。内心はどう思っているかはわからないが、少なくともこの場には表向き二人の仲を批判する者はいなかった。
常に先頭に立っていたにもかかわらず、メンバー全員のことを忘れないでくれていたリーズ。彼女は決して、この場にいるメンバーたちを「2軍」と言ったことはなかった。全員が仲間であり、不要な人は一人もいないと常々言っていたリーズは、メンバーたちの希望の星なのだ。
そして先頭で引っ張ったのがリーズなら、最後尾の位置から、縁の下から、仲間たちを全力で支えてくれたのがアーシェラだった。彼は、王国がメンバーたちを見捨てた後も腐ることなく、新たな夢とやりがい、それを支えるだけの資金を惜しまず提供してくれた。アーシェラの奮闘がなければ、今の彼らはなかったと言っても過言ではない。
そんな二人が結ばれた…………これほど嬉しいことがあるだろうか。
「リーズ! アーシェラ! よく来てくれたな!」
「また会えましたね。あの時より、ずっと仲良くなっているように見えますね……本当にうらやましいです」
「エノー、ロザリンデも! 旅はどうだった? 楽しかった?」
「今日は僕も料理に腕を振るうから、楽しみにしててね」
黒騎士エノーと聖女ロザリンデも会場に到着していた。
村を出て以来に顔を合わせた二人も、リーズとアーシェラに負けず劣らず仲良さげな雰囲気だった。それにエノーも騎士然とした性格から、かつての活気あふれる若者のような性格に逆戻りし、ロザリンデは彫刻のような硬さが抜けて、まるで本当の天使になったかのような柔らかな空気を纏っている。
「おいす、私もいるぞ。余分なのも交じってたから、処分しておいた」
人混みが苦手なはずの大魔道ボイヤールまで姿を見せた。
彼はいつの間にか、リーズやロザリンデたちを連れ戻そうとした連中を途中で補足したらしく、やはり強力な昏睡魔術でノックダウンさせたようだ。彼らはしばらくしたら、王国に返品されることだろう。
そんな感じで、大勢の人々とやり取りをしていると、丘の上から角笛の音がボオォと大音量で響き渡った。いよいよ式典の開催時間である。
「よし、リーズ行こうか」
「うんっ!」
合図の音と共に、リーズとアーシェラをはじめとした人々は、集合場所になっている丘の西側の広場に集結した。各国の兵士と旗がずらりと並び、和気あいあいとした雰囲気が一転、厳かな空気に変わった。
「えー皆様っ、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます! ただいまの時間からは、先の戦役で勇敢に戦い、帰らぬ人となった仲間たちの追悼式典を執り行います。えー、進行は私、ヴェメル共和国共和議員のヘルトラウダが務めさせていただきますっ!」
元2軍メンバーで、アーシェラの会計事務を手伝ってくれていた女性ヘルトラウダが、緊張した面持ちながらもしっかりした声で司会進行を務める。以前は敵陣に切り込みを敢行する勇敢な剣士だったが、意外にもそれなりに学があったため、戦後は猛勉強の末若くして共和国議員の地位を勝ち取った才女であるが、同時に魔神王討伐戦で戦友を2人も亡くしている。
「戦いに犠牲はつきものです。人の命とはとても儚いものです。でも、彼らにはできれば生きていてほしかった…………そう思えてなりません。私たちは、勇敢に戦って散っていった「勇者」たちを忘れてはならないんです! 皆さん、仲間たちが安らかに、笑顔で眠れるよう、祈りを捧げましょう」
開会の言葉と共に、ヘルトラウダを先頭に彼らは丘を登り、石碑の前に足を運んだ。まずはリーズとアーシェラが、聖花の束を二人で一緒に勇者の碑の前に捧げる。
「ツィーテン……みんな、本当にありがとう。リーズは、みんなの分まで頑張るからね……」
「あなたたちの活躍がなければ、今の平和はなかった。僕たちがそちらに行く日まで、のんびり待っていてください」
二人が花束をささげたのを皮切りに、出席者たちが続々と同じように鎮魂の祈りを行う。
仲間がいなくなるのは、いつの時代も悲しいものである。犠牲者12名を多いとみるべきか、少ないとみるべきかは人それぞれかもしれないが、せめて勇敢に戦って亡くなった仲間には、敬意を表してあげたかった。
亡くなった仲間たちには、家族もいただろうし、愛する人がいたかもしれない。どちらもいなくても、共に戦った仲間が大勢いた。彼らの努力を無駄にしないためにも、生きている仲間たちは平和な世の中を作っていかなければならないのだ。
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