アロンシャムの町、中心からやや西にある冒険者の店「ザンテン商会」の馬車駐車場に、1台の飾り気のない大型馬車が入ってきた。

 大きさもさほど驚くほどではなく、変わったところと言えば、サスペンションがついて若干乗り心地が良くなっているくらい。駐車場にいくつか止まっている商人の馬車とさほど変わらない見た目だからか、その場にいた誰もがこの馬車を見ても、特に気にも留めないでいた。

 しかし――――荷台から元気よく飛び出てきた人物を見た瞬間、誰もが驚愕に目を開いた。


「よいしょっ! あー、お尻いたーいっ」

「ははは、リーズなら歩いた方が楽だったかな?」

「シェラ~、お尻撫でて~」

「ちょっ……ここじゃさすがにまずいから、またあとでね」


 馬車から降りてきたのは、なんと行方不明になっていた勇者リーズ。

 それに、彼女に手を取られて降りてきたのは、一見平凡な青年アーシェラ。

 二人はまるで一般の町の人が着るような飾り気のない服を着用しており、リーズは腰に剣を二本、アーシェラは先端に女神像が彫られた術仗を装備しているだけだ。


「ね、ねぇ……あれってまさか、勇者様……」

「どうしてこんなところに!? 行方不明になっていたはずじゃ!?」

「男の人と手をつないでる……結婚したというのは本当だったのか!」


 周りがひそひそするのも意に介さず、リーズとアーシェラは店の中に入る。するとすぐに店の中から、ロジオンと彼の妻であるサマンサが出てきて、リーズたちを出迎えてくれた。


「おっす! 久しぶりっ! よく来てくれたな!」

「リーズさんお久ぁ~! やっと会えたねぇ~! アーシェラも結婚おめでとぉ~!」

「やっほー、ロジオン、サマンサ! リーズも会えて嬉しいなっ!」

「サマンサさんも、無事赤ちゃん生まれたんだって? 


 以前より髭が伸びて渋みが増したロジオンと、ややがっちりした体つきの金髪の女性サマンサ。

 かつてはイケイケの戦士だったサマンサは、敵と見れば真っ先に突っ込んでいく無鉄砲な性格だったが、結婚したからか、商売を始めるようになったからか、それなりに丸い性格になっていた。

 生まれたばかりロジオン夫妻の子供は、雇った乳母が見守っている部屋で、すやすやと寝ているという。


「ね、ねぇっ! 赤ちゃんに会ってもいい? ロジオンとサマンサの赤ちゃん、きっとかわいいよねっ!」

「もちろんだとも! あまりの可愛さにたまげるなよ?」


 この後リーズとアーシェラは、生まれたばかりの二人の赤ちゃんを見せてもらい、その可愛さに衝撃を受けた。

 かつての親友が子持ちになったというのは妙な気分であるが、リーズもアーシェラも自分たちも子供が欲しいと改めて思ったことだろう。


 同行していたレスカとフリッツを含めて、ロジオンたちと街中の店で昼食を摂ったら、馬車と馬をザンテン商会に、3日だけ宿泊する宿屋に荷物を預け、リーズとアーシェラは二人で街を歩きだした。


「さ、さすがにこれだけ大勢の人に見られながら歩くのって、恥ずかしいなぁ」

「えっへへへ~♪ いいじゃん、シェラ! 見せつけちゃえっ♪」


 最愛の人の腕をぎゅっと抱きしめながら歩くリーズと、顔を真っ赤にしながらも決して咎めようとしないアーシェラ。明らかに目立つこのカップルは、道行く人々の視線を片っ端から集め、彼らを唖然とさせた。

 あの毅然としていた勇者リーズが、幸せそうな顔でほぼ無名の青年とのラブラブぶりを見せつけている…………事情を知らない人々は、一様に頬を紅潮させ、この光景を理解するのに思考が追い付いていなかった。

 何しろ、リーズたちは王国になるべく動向を知られないように、旧街道を抜けてアロンシャムに来るまで、ほとんど町によらず、わざわざ野宿していたくらいだ。

 それでも、途中で目撃した人々からリーズの目撃情報はあっという間に広がったが、さすがにこの時代の情報伝達速度は、一部例外を除いて人の動きを越えることはない。リースを探している王国の連中の耳に入るころには、もうリーズたちに手出しできないだろう。


「シェラとラブラブになったリーズを見たら、パーティーのみんなも驚くかな?」

「きっとすごく驚くよ。リーズが来るとは手紙で書いたけど、結婚のことは言わなかったからね。でも、誰にも文句は言わせない」


 3日後には大きな式典がある。

 勇者の丘の周りには、すでに各国がそろって陣地を敷いているという。

 かつてのメンバーたちにすぐに会いたいのはやまやまだが、そうすると二人の時間が少なくなってしまう。彼らには申し訳ないが、今日と明日だけは二人きりで過ごす予定だ。


「あ、シェラっ! 採れたてのリンゴのジュースだって! 一緒に飲もっ!」

「いいね」


 こうして二人は、決戦前のつかの間の休暇をデートで堪能した。

 自然に囲まれた村で過ごす日々が、彼女たちには一番性に合っているのだが、こうして人々に見せつけるように、街中でデートするのも悪くないと思うリーズであった。

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