4日目 居間
世間一般的に、勇者リーズは欠点のない完璧超人だと思われている。
彼女の圧倒的な功績の前には、よほど決定的でない限りはどんな短所も霞んで見えるし、
だが、そんな彼女にも――――それなりに知られている欠点が、一つだけある。
「リーズ……もしかしたら君自身は知らないかもしれないけど、君はとっっっても寝相が悪い」
「なっ!?」
アーシェラの容赦ない物言いが、リーズの胸に突き刺さった。
「し、知ってるよっ! 朝にリーズの布団がめちゃくちゃになることくらい……!」
「そうじゃないんだってば。リーズはね、他の人と一緒に寝ると、その人を思い切り蹴とばすんだ」
「ええっ!!?? そ、そんな、嘘でしょ! ねぇっ!」
「…………僕が知る限り、寝ていたリーズに蹴られて骨折した人が5人いる」
リーズは衝撃のあまり言葉を失い、口をパクパクさせた。
自分の寝相の悪さは自覚しているつもりだったが、まさか被害者が出ているとは知らなかった。
確かに思い返してみれば、いままで一緒に寝たのは、幼いころ母親としか記憶はない。男性はおろか、同じ年の女性とも一緒のベッドで寝たことはないし、野営でも複数人で固まって寝ることはなかった。
これが噂程度ならまだましだったが…………夜中にリーズに蹴られた人を治療するのは、夜遅くまで起きているアーシェラの役目である。被害者の悲惨さを一番目にしているのが、よりにもよって彼なのだから言い訳は不可能だ。
「リーズが嫌いなわけじゃない。ただ…………リーズに蹴られるのは、ちょっとね……」
「そう……だったんだ………」
アーシェラに嫌われているわけではないと、リーズも理解している。
しかし、自分の悪い癖がそこまで致命的だったことは、とてつもなくショックだった。
(リーズはもう……シェラの隣で寝ることはできないんだ…………)
リーズは、自分の体を恨んだ。
普通の人程度なら蹴っても痛いだけだろうが(それでも蹴ること自体大問題だが)勇者と称えられるリーズの蹴りは岩をも砕く。せっかく一緒に寝てくれる人を蹴り殺してしまうほどの力が……今はとても憎い。
アーシェラとどうこう以前に、リーズは自分が将来誰とも幸せな結婚生活を送れないのではないかという危機感が募りはじめる。
結婚が女性の幸せのすべてではないが、選択肢があるとないとでは大違いだ。勇者リーズと結婚出来るなら、それくらいは喜んで受け入れる男性は大勢いそうではあるが……
大きく落ち込んだリーズは、そのまま無言で椅子に腰かけ、そのままテーブルに突っ伏した。腕で覆うように隠された顔はランプの明かりがあっても全く見えないが、小刻みに鼻をすする音が聞こえる。
「こんなところで寝ると、風邪ひくよ」
「…………シェラが風邪をひいてないから、大丈夫だもん」
心配そうなアーシェラの言葉に、腕の下からくぐもったリーズの声が答える。
「今夜だけ……今夜だけだから。シェラの隣にいさせて……。一生に一度は、人の隣で寝てみたいの……」
リーズがアーシェラに対して我儘を言うのは今に始まったことではないが、今夜のリーズにはさすがに困ってしまう。
(仕方がない。賭けに出るか……)
このままではリーズの為にならないと考えたアーシェラは、リーズの方を優しくポンポンとたたいて、ゆっくり顔を上げさせた。リーズの顔は、目の周りが若干赤くなっていた。
「……?」
「寝室に行こうか。一緒にベッドで寝よう……」
「えぇっ!?」
「え? あ、その……っ! だ、大丈夫! 変なことはしないから!」
不意にアーシェラから面と向かって甘い言葉をささやかれたリーズは、頭が一瞬で沸騰した。
そしてその反応を見たアーシェラもまた、自分が改めてとんでもない言葉を放ったことに気が付いた。常に落ち着いた雰囲気の彼にしては珍しく、リーズに負けないほど顔から火を噴き、焦るあまりワタワタと手を振ってしまっていた。
「…………」
「…………」
二人で顔を赤くしたまま、気まずい沈黙が走る。
先に口を開いたのは――リーズの方だった。
「本当に……いいの? 蹴っちゃうかも……しれないのに?」
「そりゃ蹴られたくはないけど、確実に蹴られるとは限らないし…………それに」
「それに?」
少し落ち着いたアーシェラは、前置きするようにわざとらしく口に手を当て「コホン」と一息入れると、リーズの前にゆっくり右手を伸ばした。
「リーズの涙を見るくらいなら、蹴られた方が10倍ましだからっ」
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