4日目 添寝

 リーズとアーシェラは、1人用のベッドに二人で背中合わせに横になった。

 どちらが決めたわけでもなく、お互い示し合わせるかのようにこうしている。さすがに恋人同士でもない男女が、お互いに抱き合う格好になるのは拙いと分かっているのだろう。

 もっとも、そのせいでベッドの幅がギリギリで、少しでも転がったら床に落ちてしまいそうだ。


「ん…………シェラ、なんだか、ムズムズするね」

「どこが?」

「……背中が」

「それもそうだ。少しでも動くと背中同士がこすれて……う~ん、これは確かにむず痒いね」


 とか何とか言いつつ、同衾をやめる気配のない二人。肩から腰までぴったり密着した二つの体は、薄い布二枚隔てるだけでお互いの肌が感じられるせいで、変に熱が溜まってしまっている。それはまるで、柔らかいうえに熱を帯びた樹の幹に背中を擦り付けているようで、何となく落ち着かない。


「それよりも、なるべく蹴らないでね」

「わ、わかってるよぅ……シェラのいじわるっ」

「蹴らなかったら、明日も一緒に寝てあげるから」

「大丈夫っ! 絶対蹴らないからねっ!」


 男性が女性に「一緒に寝てあげる」というのもなかなか奇妙ではあるが、言われたリーズはなんとか自制しようと、毛布の中で足を屈めている。

 もういっそのこと、夜中ずっと起きて蹴らないように頑張ろうかと、やや本末転倒なことも考え始めたが……


「シェラは……私以外の人と一緒に寝たことはあるの?」

「ベッドでは一緒にないけれど、野営した時あまりの寒さに男同士で固まって寝たことはあったなぁ。何しろあの時はテントが足りなくて、2軍メンバーの一部は野ざらしだった。結局僕が人数分のテントを縫うまでは、寒空の下で震えながら寝たものさ」

「……っ!」


 リーズがなんとなく、アーシェラがこういう経験をしたことがあるかと気になって聞いてみれば、彼女が思いもよらなかったことが明らかになった。


「そんな……あれほど仲間内で差別しちゃダメだって、みんなに言い聞かせていたのに!」

「あの時は仕方がないさ。ないものはない。それに、用意できなかったのは僕の責任でもあったから」


 パーティーが充実して、全員一丸となって封印の地を目指す旅路でも、リーズとその周りのメンバーは野営で苦労した覚えはなかった。

 料理も、洗濯も、物資の補充も、全てアーシェラたちがサポートに徹してくれたおかげだ。それはリーズもよくわかっていた。しかし…………もしそれが彼らの必要以上の犠牲の上に成り立っていたのだとしたら…………

 そんなリーズの不安な思いが、背中を通してアーシェラに伝わったのか、アーシェラはいつも通り「大丈夫」とリーズに語り掛けた。


「いつも必死に戦っているリーズの苦労に比べたら、それくらいなんでもないよ。

なんでも平等だなんて言ったら、傷だらけになるような戦闘も、危険な場所を偵察することもない僕のほうが、よっぽどずるい思いをしてるさ」

「そう、かなぁ……?」

「むしろリーズは、今の気持ちをこれからも大切にしてほしい。仲間を分け隔てなく思いやる心こそ、リーズの一番魅力的なところなんだから」


 いつもなら「ためになるな」と思いながら聞くアーシェラの言葉が、今回ばかりは、リーズはどうしても納得できなかった。

 すべてが平等であるべきだとは、さすがの彼女も思わないが…………だからといって、一部に我慢を強いるのは間違っていると、彼女は確信している。テントが足りないことがあったと聞いても、リーズは他の人と一緒に詰めて寝た記憶はない。

 こうしてアーシェラと背中合わせに寝ていれば、1つのベッドでも二人がゆっくり寝られるのだから、テントならもっと詰める余地があっただろう。

 戦っていないから――――成果を上げていないから――――そんな理由で、仲間を蔑ろにしてはいけない。

 

 頭の中でぐるぐる考えているうちに……リーズの瞼はどんどん落ちていき、やがて静かに寝息を立て始めた。


「リーズ……寝たようだね。おやすみ……」


 小さな寝息に従って上下するリーズの背中は、世界を救った勇者とは思えないほど、小さくあどけない。

 もし自分にもっともっと実力があったのなら……ベッドではなく戦場で、背中合わせになることができたかもしれない。それがアーシェラの数少ない心残りでもあり、このような形で実現するのが嬉しくも寂しくもあった。―――――が、そんなことよりも、アーシェラはいつ蹴られるか分からない恐怖心が湧いてくるのを、とどめるのに必死になりつつある。


(うぅ……蹴るなら、お手柔らかね……)


 蹴られて痛い思いをするのも当然嫌だが、それ以上に蹴ってしまった本人が落ち込むのを見たくない。

それほど被害がなかったら、リーズには蹴られたことを内緒にしてしまおうとすら彼は思っている。どこまでしらを切りとおせるかは定かではないが…………



「ん……」

「!」


 背中でリーズの体がもそもそと動き始めた。

 それを背中で感じたアーシェラはすぐに身構える。心臓は早鐘を打ち、背筋に寒気が走る。

 そんなアーシェラの緊張を知ってか知らずか、リーズは何の躊躇もなくアーシェラの方に体を向けてきた。 


(いよいよくるか―――)


 後ろから攻撃がいつ来るかわからないというのは、とても怖い。

 しかし、腹部に受けるよりもダメージは少ないはず…………そう考えて、アーシェラは体にぐっと力を入れて、耐衝撃姿勢を取った。




 ところが、彼が受けた「攻撃」は予想外のものだった。

 リーズは……寝たままアーシェラの体を後ろからガシッと抱きしめてきたのだ!


「んふ……」

「え? ちょっ!? えぇっ!?」


 アーシェラは慌てて解こうと試みるも、リーズの腕の力は絶妙に強く、抱かれて苦しくはないが彼の力では1mmも動かない。

 やがてリーズの全体重がアーシェラの背後に寄りかかり、肩のあたりに顔の凹凸が、腰のやや上に柔らかいふくらみが強く押し付けられる。それだけでも彼にとってある意味地獄なのに、いつの間にか彼女の足がアーシェラの太ももあたりに後ろから絡みついてくる。

 今のアーシェラは、完全にリーズの抱き枕と化してしまった。


「リーズ……起きてるの……?」


 これがリーズの寝相だと思いたくないアーシェラは、リーズに抗議の声を上げるものの……帰ってきた言葉は――――


「えっへへ~……おかわり」

「だめだこりゃ」


 リーズの斜め上な寝言に、アーシェラは思わずベッドからずり落ちそうになった。

 しかし、その言葉はどこか幸せそうで、背中で見えなくてもリーズが心地よさそうに寝ているのがはっきりとわかる。彼にとって想定外の事態ではあったが、蹴られなかっただけでも大満足だ。

 寝付けなかったアーシェラも、安心感から徐々に頭の中が落ち着いていき…………やがて静かに寝息を立て始めた。


 アーシェラの背中に頬を寄せ、かわいらしい寝顔で彼の寝巻に涎を染み込ませる勇者リーズ。彼女はこの日も帰らなかった。

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