近くて遠い
勇者リーズの居場所が分かったその日のうちに、エノーとロザリンデ、それにリシャールは、簡単な旅装を整えて、馬に乗って駆けだした。
3人は王国の中でも選りすぐりの足の速い馬を借り受けており、さらにロザリンデが常に疲労回復魔法をかけながら走る。これで、ロジオンのいるアロンシャムの町まで通常1週間ほどかかる道のりを、わずか2日で異動するることができる。
ここまで強行軍を行う表向きの理由は、1日でも早くリーズを迎えに行きたいからだが、実際はエノーもロザリンデも、早く王国から脱出したくて急いでいるという面が大きい。で、それに加えて――――
「ロザリンデ、せっかくこうして一緒に外出できたんだから、少し話をしないか?」
「結構です」
「そう硬いこと言うなって! ここなら神殿の煩いジジイやババアどもはいないから、少しは羽目を外しても……」
「リシャール、少し黙ってろ。俺たちは遊びに行くわけじゃないんだ」
「ちっ、エノーも神殿と仲良くなってすっかりお堅くなったものだな。何ならお前は留守番してて、俺とロザリンデの二人でリーズを迎えに行ってもよかったんじゃないか?」
「お前……手紙で指名されているのは俺だけだってもう忘れたのか」
エノーとロザリンデはわずかに馬上でアイコンタクトを交わして、同時にため息をついた。
必要なこととはいえ、この男……リシャールと一緒にいると非常にストレスがたまる。出来れば必要な時までバックに詰めておきたいくらいだ。
勇者パーティーにいた頃は、自分の実力を誇示するきらいはあったが、ここまではひどくはなかったし、エノーとの仲もそこまで悪くはなかったのだが…………おそらく魔神王を倒した勇者パーティーの1軍にいたという栄誉が、次第に彼を増長させてしまったのかもしれない。それか、裏で仲間とけん制し合っていたからおとなしかったのか。
肉体的な疲労は感じないが、精神的疲労がたまり続ける旅が続く。
3人がアロンシャムの町にたどり着き、ロジオンのいる冒険者の店でリシャールが休憩がてら女性冒険者たちをナンパしに行ったことで、ようやく二人はしばし心の平穏を取り戻すことができた。
「エノーさん、男ってみんなあんなふうに、女性は何人も一緒に侍らすのに抵抗がないんですか?」
「そうさなぁ……。俺にはもうロザリンデがいるからそれ以上は望まないが、もし心から好きな人がいなかったら、あんなふうになってもおかしくなかったかもな」
ロザリンデからのやや答えにくい質問を、なんとか自然に受け止めるエノー。
そんなことはない! と、断定するのは簡単だが、実際男なら誰でも一度は大勢の女性からモテたいと思うのが普通だろう。
しかし、エノーに言わせれば、目移りするのは心から大切に思う存在がいないからではないかとしている。現に、エノーの隣にはもう誰よりも大切で、愛する人がいる。ほかの女性に目移りする暇はないはずだ。
「だからロザリンデ。俺がもし、間違いを犯したとき……間違えた道を進もうとしたとき、全力で止めてほしい」
「……ええ、それは私も同じです。お互い、大きな間違いを起こした身。これからも正しい道を進み続けられる保証はないのですから」
「そうだ……ああ、そうだとも。俺がもっときちんとしていれば、この道を進む足取りは、これほど重くはならなかっただろうしな」
リシャールと一時的に離れた後も、精神疲労が少しはましになるかと思いきや、今度は別の懸念事項がエノーとロザリンデにのしかかる。
彼らは先程、ロジオンの家を訪問したばかりだった。が、家にいたのは、かつて最前線で共に戦った仲間の一人、「大魔道」ボイヤールだった。面倒くさがりのはずの彼が、エノーとロザリンデが知らないうちに、かつての2軍メンバーたちと結託していたことに、二人は非常に驚いた。
そして、ボイヤールからは「ロジオンは『勇者の丘』にいる」と教えられ、二人は仕方なく勇者の丘に続く道をとぼとぼと歩いているのだった。
あの魔神王を相手にした時ですら、エノーはひるむことなく味方の前に立った。勇敢さでは勇者リーズに次ぐと言われるエノーが、途中でパーティーを脱退した旧友に会いに行くのに二の足を踏みそうになっている。それは単純に、エノーは自分に非があることが分かっているからであり、かつての友に何を言われるかわからないことが、彼に恐怖を覚えさせるのだった。
腕っぷし一つで解決できるなら簡単なことだが、世の中にはそれで解決しないことは、とてもおおい。
「ロジオン……あれがそうか」
丘に続く階段を上った先、天然パーマの赤髪の男性が、立派な石碑の周りを箒で黙々と掃除していた。
「ようロジオン、手紙に書いてあった通り元気そうだな」
「その声……エノーだな」
エノーに声を掛けられて振り向いた男性――――ロジオンは、上あごに薄っすらと髭を生やし、目つきに鋭さが宿っているように見えた。
かつては、同じくらいいつまでも子供だと思っていた親友は、今やすっかり大人になっていた。
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