悪友
かつての冒険者パーティーで、エノーが最も親しかったのは誰かと問われれば、間違いなくロジオンの名を挙げただろう。しかし、最も仲が悪かったのは誰かと問われても、やはりロジオンだと言うだろう。
気が合うことが多かった一方で、対立しあったこともまた多かった。喧嘩するほど仲がいいを地で行く悪友、凸凹コンビ……それがかつての二人の関係だった。
だが、残念ながら人間は平等にはできていない。エノーとロジオンは、天性の戦闘センスに大きな差があった。エノーは一般人の家庭に育ったが、冒険者として活動していくうちにめきめきと頭角を現し、勇者となったリーズとずっと隣同士で戦っていけるほどまで強くなった。
戦士系の冒険者は才能より努力がものをいうのだが、エノーはその両方を備えていた稀有の存在だったのだ。
対するロジオンは、生まれつきの才能に左右されやすい魔術士であり、しかも魔術士としては
5人で冒険していた頃は、それでも役割分担の上で十分やっていけたが、世界各地から優秀な人材が集まった勇者パーティーでは、二人の差が顕著に出てしまった。
何時頃からだろうか。
エノーは世界各地から集まったあらゆる強者や達人たちと積極的に交流するようになり、1軍と2軍が明確に分かれたころには、ロジオンとの交流はほとんどなくなっていた。
人間関係が変わり、かつての友人と疎遠になることは、世界的に見てもよくあること。むしろ、リーズのようにいつまでもかつての仲間を忘れず、交友を大切にする方が珍しいのだが……
ロジオンが勇者パーティーから立ち去ったことを初めて知ったのは、後日リーズの口から聞いた時だった。その時ですら、エノーは特段寂しい感情は抱かなかった。そして、ツィーテンが戦死したと聞いた時も、かつての仲間を失って泣いているリーズを横目に「残念だったな」としか思っていなかった。
エノーは、仲間を置き去りにしてしまったという罪悪感をもってこの町まで来た。それは違った。むしろ、置き去りにされたのはエノーの方だった。
「ふっ、お前こそ元気そうだな」
すっかり大人びたロジオンは、比較的穏やかな顔でエノーとロザリンデを迎えた。
「そして聖女様もお久しぶりで……あぁ失礼、聖女様は俺のことなんぞ知らんでしょうね」
「…………いえ、決してそのようなことは。お久しぶりですロジオンさん」
「ははっ! 聖女様に名前を憶えられていたなんて光栄ですな」
けれども、表情に反してその言葉はやや冷たく、毒があった。直接感情をぶつけるのではなく、遠回しに非難する……アーシェラがしていた様な、大人の怒り方だ。
実際ロザリンデは、かつて勇者パーティーにいた頃のロジオンがどんな人物だったか、全く覚えていない。かといって、正直に「覚えていません」と言えるわけがない。
「ま、それで、二人がここに来たということは……」
「ボイヤールと話してきた」
ロジオンが家にいなかったのは、アーシェラが王国からの訪問者が最悪ロジオンを捕らえて、リーズの居場所を吐かせるために尋問する可能性を見越して手を打っていたからだ。ロジオンの妻サマンサも、念のため安静の為と称して実家に避難させているという徹底ぶりだ。
その際、ボイヤールに「お前らも信用ないな」と鼻で笑われ、さすがのエノーとロザリンデも若干腹が立った。自分たちが悪いのはわかっているが、さすがにそこまで馬鹿にされる謂れはない。
「先生から聞いているなら話は早い。まずは花は持ってきてくれたかい?」
「もちろんだとも。ロザリンデ」
「ええ」
アーシェラからの手紙に記されていた通り、ロザリンデは死者に捧げる聖花をその手に召喚した。
「できればツィーテンにあげる聖花をロザリンデからもらってきて」――この一文から、聖花が何に使われるのか分かってはいたが、目の前に立つ、幾人もの名前の刻まれた石碑を見て、二人は改めて悔恨の念に駆られた。
エノーやロザリンデが王国内でつまらない陰謀に振り回されている間も、ロジオンはツィーテンだけでなく他に戦死したメンバーたちをも守っていたわけである。
「その、悪かったな……ロジオン。今まで来れなくて」
「勘違いするなよ、謝る相手は俺じゃない」
「ああ、そうだったな」
そして、エノーはロザリンデから聖花を受け取ると、そっと大きな石碑の前に置いた。
知らなかったとはいえ、戦死した12名を慰霊するには花の量が明らかに足りていない。かつての仲間だったツィーテン「だけ」に花を手向ければいいと思っていた心を見透かされているようで、二人の自責の念はさらに増すばかりである。
「……ツィーテンの姉貴、本当にごめんな。こんなことになるまでここに来れなくて」
「私も聖女として……ロザリンデ個人として、祈りを捧げさせてください」
「なんだかな…………俺は黒騎士なんて呼ばれて、ちやほやされて舞い上がってたが、それが今日ほど虚しいと思ったことはない。……俺は何をやってたんだっ!! 魔神王を倒せば全て終わるなんて……そんなことを考えていた、あの時の俺が馬鹿だったっ!!」
「ああ、その通りだともエノー。もう二度と仲間といっしょに笑えない覚悟で死んだ、彼らの痛みを少しでも考えてみやがれ」
エノーは泣きこそしなかったが、それでも右の拳を胸に当て、自分への怒りでわなわなと震わせていた。
ロジオンの言葉も、エノーの胸に重く突き刺さったが、今はそれが却ってありがたい。王国の貴族たちのように、エノーを貶めるためではなく、純粋に彼のためを思って怒ってくれる。エノーに対して躊躇わずに言葉をぶつけてくれるのは、やはりロジオンしかいない。
同じ傷を持つロザリンデにエノーをこのような形で怒る資格はないし、リーズはなんだかんだで許してくれてしまうだろうし、アーシェラは怒ると回りくどい。そして……姉貴分のツィーテンはもうこの世にいない。
なんだかんだ言って、大人になった今でもロジオンとエノーの関係はあまり変わっていないのかもしれない。
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