時は来たれり
季節は巡る。
冬の厳しい寒さは和らぎ始め、雪は融け、土の下から新芽が顔を出し始めた。人々が待ちに待った、春の到来である。
この頃、各地で妙な噂が流れ始めた。
「勇者リーズが、一般人の男性と結婚した」
「いずれ勇者リーズは『勇者』の称号を返還するつもりだ」
これらのうわさが広まる前から…………勇者様の行方が長い間分からなくなっているという噂は、ひっそりとだが、すでに広範囲に広がっていた。しかし、なぜそのようなことになったかの理由までは分からず、様々な説がささやかれた。
女神に招かれて天に還っただの、かつてのメンバーと仲たがいして出奔しただの、中には第2の魔神王復活説まであったものの、どれも決め手に欠け、真相はわからずじまいだった。
ところが、とある時期を境に諸説あった噂は次々と消え始め、それにとって代わるようにリーズ結婚説と、王国との不仲説が主流になり始めた。
そのきっかけになったのが、事前の予告なく各地の神殿を廻り始めた、聖女ロザリンデと黒騎士エノーの存在だ。リーズを迎えに行っているはずの二人が、任務を放棄するばかりか、王国外各地を回っているという噂は、王国を大いに困惑させた。
何しろ、王国は表立って「リーズが行方不明」と発表することは威信上許されない。これを認めてしまえば、せっかく属国になると申し出てきた王国以外の諸国の離反を招き、王国民の不満の爆発を抑えきれなくなる。
勇者リーズの存在は、王国の重要な抑止力なのだ。
勇者なしでは何もできないとまでは言えないが、威信は確実に地に落ちる。
行方不明の勇者捜索は、たとえ事実がどうであれ、隠密に行わねばならない。なのに、聖女と黒騎士まで連れ戻すとなると、その任務は考えたくもないほど困難を極める。
王国の上層部は、勇者捜索の責任をグラントに対して追求した。しかしグラントはなんと、聖女が出奔したのが悪いとして、中央神殿に責任を擦り付けてしまった。言いがかりに等しい責任を背負わされた神殿は、一周回って王国上層部が勇者様を蔑ろにしたと反発。
ここに、責任の押し付け合いのトライアングルが完成し、事態は混迷の一途をたどるばかり。
王国がいかに政治的に末期の状態かが、よく分かるだろう。
もちろん、王国も全く動かなかったわけではない。一部の貴族や神殿関係者、それに1軍メンバーの数人が、リーズやロザリンデたちの行方を探るべく東奔西走した。
だが、秘密裏に動く前提のため、その行動は大幅に制限され、王国以外の国々が図ったように非協力的だったのも相まって、彼女たちの行方は全くつかめなかった。
さらに悪いことに、一部の思慮の足りない貴族や王族の手下などが、外交関係など知ったことかとばかりに各国に対して無礼な態度を示したばかりに、彼らは更に非協力的になったばかりか、王国に対する不信感を一層強めてしまう。
次第に中小諸国は王国に対抗するために連携する姿勢を鮮明にし、いくつかの国々で軍事連合が発足。対する王国は、この動きを牽制するべく、冬の終わりから国境に国軍の7割を終結させた。国軍を率いたのは、よりによってグラント…………つまり、一部の思慮の足りない者たちのせいで、行方不明の勇者を探すことはより困難になってしまったのだった。
勇者リーズ率いる冒険者たちが命懸けで勝ち取った平和は、その筆頭だったリーズがいなくなったことで、再び失われるかもしれない――――――めでたいはずの春の訪れとともに、そんな不安が徐々に世界を包み始めていた。
「勇者リーズが戻ってきた!!」
春になってしばらくした頃、行方不明だったリーズが突如として舞い戻ってきたという知らせが、猛烈な勢いで各国に広まった。そして、その知らせが広がった直後に、王国以外の各諸国の指導者や有力者が、アロンシャムの町に続々と集まってきた。
まるで事前に知らされていたかのように、整然と集まってきた各国の代表たちは、「勇者の丘」を囲むように陣地を建設し、これから始まるであろう「式典」に備え始めた。
そして、リーズが戻ってきたと言う知らせが飛び交い始めてから数日もしないうちに…………旧街道を越えてきたリーズとアーシェラが、一部の村人を伴って人々の前に姿を現した。それと同時に、各地の神殿を巡っていたエノーとロザリンデもアロンシャムの町に舞い戻った。
勇者リーズの帰還、黒騎士と聖女の帰還、それに各国の代表が一堂に集結――――
このことにより、各地の人々は一体何が起こるのかと騒然としたが、不思議と悪い予感を覚えた者はほとんどいなかった。むしろ、これから何か面白いことが起こりそうだと期待を寄せ、中には王国に対して手袋を投げつけるのではないかと期待する者もいたという。
この動きは、すぐに王国の知るところとなり、国王はグラントに命じて直ちに勇者を呼び戻すよう厳命したが……………
飛鷹の月1日目――――ずっと前から動き出していた大きなうねりはもう止めることは不可能だった。
この日、古き時代の終わりが始まり、新たな時代の幕が上がった。
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