17日目 叫喚
たっぷり数十秒の沈黙が流れる。
すべてが静かに、まるで時が死んだような感覚。
それを、いの一番に破ったのはレスカだった。
「おいミルカ! 貴様っっ!!」
レスカが椅子をけ飛ばすように立ち上がると、続いてユリシーヌが暗殺者のごとく音もなく立ち上がる。
「返答によっては、ただでは済まないわ」
ミルカの隣に座っていたミーナは後ずさりするように姉の隣を離れ、ショックのあまり固まったリーズに抱き着いた。
一方ですべての元凶にして、茶会の席の魔神王と化したミルカは、何がおかしいのやらと言いたげに、ほかのメンバーを憮然した表情で見ていた。
「あらあら、突然喧嘩腰ですか。ですが私は、素手ならあなたたち二人相手でも余裕で勝てますから。それよりも、リーズさんはいかがなさったのですか? まさか図星ということはないでしょう? 沈黙は肯定とみなしますよ」
「このっ……減らず口をっ! リーズ! 君の思いは本物だろう! 何とか言ってやれ!」
「私は信じてる。あなたの思いは偽物じゃないって」
「お姉ちゃん……」
いつの間にかレスカとユリシーヌは、リーズの両側に立ち、机を挟んでミルカと対峙する構図を作った。彼女たちの声に、リーズはようやく意識を取り戻したのか、その目に光が徐々に戻ってきた。
「リーズは………リーズは…………っ!」
リーズがゆっくりと、力強く立ち上がり、ミルカを正面に見据える。
「リーズはシェラのことを……愛してるっ! 心の底から! シェラのことを愛してるっっ!! これは理屈なんかじゃないっ! リーズの隣にいていいのはっ! シェラだけなのっ! 好きッ! 愛してるっ! シェラはっ! リーズの……っ!」
魂の叫びというのはこのことを言うのだろう。意地ではなく、本心の本心から、すべて曝け出すような、決死の叫び声だった。リーズの想い一本の剣となれば、おそらく轟音と共に天空を貫き、月をも両断することだろう。
だが、そんな言葉ですら、目の前に立ちはだかる
「ふふふ、流石勇者様は勇ましいですわね。ですが、口だけならなんとでも言えますわ。なぜその強大な想いを、愛しているはずの人に直接言わないのです?」
「……っ!! それはっ!」
リーズは言葉に詰まった。
「それだけ愛しているなら、もうとっくの昔に想いを伝えて、男女の仲になっているはずだと思うのですが、どうお考えですか?」
リーズは答えることができない。
「まあ、そのままずるずると引きずるならそれでもかまいませんわ。ですが、そんなことをしていたら、いつかアーシェラさんは別の誰かに取られてしまいますわ」
「そんなことはないもん……! シェラは、ずっとリーズだけ見ていてくれるんだから!」
「かつて私、アーシェラさんに告白したことがありまして……」
「おい! それは聞き捨てならんぞ! 連盟状の2番目に署名したくないから空白にしようと言った奴は、どこのどいつだ! 言ってみろ!」
なぜか、リーズよりもレスカの方が先に怒りの声を発した。このせいで、リーズはミルカに怒りの矛先を突きつける機会を逸してしまう。
「ええ、開拓団を結成する前ですが、私は彼にこう言ったのです。「あなたは素晴らしい。ぜひ私の妹と結婚してほしい」と♪ もちろん即座に断られました」
「お、お姉ちゃああぁぁぁぁぁぁん!!??」
「ふざけるのもいい加減にして。あきれてものも言えないわ」
あまりにも衝撃的かつしょうもない結末に、一同は怒っていいのやら呆れていいのやらわからなくなり、頭を抱えるほかなかった。ミーナも、まさか姉が自分のいないところで自分の人生を左右しかねないことをしていたと知ってしまったせいで、今後の姉妹仲に少なからず影響が出るだろう。
こちらの攻撃は一切通らないくせに、ミルカの攻撃によってあっという間に大打撃を食らうのは、理不尽以外何物でもない。
「ま、そんなことはどうでもよろしい。もう一度聞きますが、リーズさんはアーシェラさんのことを――――」
「愛してるって言ってるでしょっ! こればかりは譲れないんだからっ!」
「ではさっそく今夜、一つになってみます?」
「そ、それは…………っ! で、でも! それだけが愛の形じゃないよねっ!」
「それはまあそうですが、何もそんなに難しいことはないんです。ただ単に「愛している」と本人に言えば済む話ではありませんか。それなのに、リーズさんは村に来てから今まで、一体何をぐずぐずしていたのですか? リーズさんは、こんな辺鄙な村におままごとをしに来たのでしょうか?」
もはや失礼では済まされないほどの毒舌の嵐だった。ミルカは、リーズに切り捨て御免されても文句は言えないだろう。
けれどもリーズは…………何も言い返せない。
なぜか?
「…………わからないの」
リーズは何も考えていないわけではない。考えれば考えるほど、わからないのだ。
「リーズは…………わからない。わからないのっ!」
わからなければ答えようがない。自分で自分がわからない。むしろ「わからない」ことが分かったと言おうか。
「……やはり、そうでしたか」
リーズの口から出た「わからない」という言葉を聞いたミルカは、ようやっとその能面のような雰囲気を崩し、穏やかな口調に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます