17日目 自信

「えーっと、どうかな?」


 自分の顔が自分でよく見えないリーズは、まだ自分にどんな変化があったかわからない。だが、3人の反応を見るに、何やらとんでもない変化をしたようだ。


「リーズ……お姉ちゃん、その……」


 リーズの顔を見ていたミーナが徐々に顔を真っ赤にして立ち上がったかと思いきや、まるで何かに操られるかのようにふらふらとリーズの席までやってきた。そして、リーズの手を取り――――


「ミーナと結婚してくださいっっ!!」

「えええええええぇぇぇぇぇぇ!!??」


 ミーナからの突然の激白に、リーズは思わず椅子ごと後ろに倒れそうになった。もちろんリーズにはその手の趣味はなく、ミーナもそんな子ではなかったはずだ。

 何が起きたかわからず混乱するリーズだったが、それにさらに追い打ちをかけるように、残りの二人が口を開いた。


「リーズさん。今日一日絶対にブロスに近づかないで」

「フリ坊にも近づくなよ! というか今日は絶対に男に会うな! 君には村長がいるんだろ!」

「い、一体リーズに……何が?」


 二人もまたミーナと同じく、顔を真っ赤にして、猫が毛を逆立たせるがごとく敵愾心をむき出しにしてきた。


「あらあら、手加減したつもりでしたが、ダメでしたか。はい、リーズさん、鏡をどうぞ」

「うぅ……見たいような見たくないような……」


 あっという間に女性3人を阿鼻叫喚に陥れた顔というのは一体どんなものか。リーズは恐る恐る手鏡の中に映る自分の顔を見た。


 桃色が足された頬、流れるようなアイライン、そして絶妙な陰影が付いた表情は、特徴的な金と銀の瞳と合わさって、無限の深みを持つ魅力を演出していた。もともと、男女問わず惹きつけるカリスマあふれるリーズの顔は、完全に恋する乙女100%の輝きに満ちていて、男が真正面から見ようものなら、なりふり構わず自分の物にしてしまいたい衝動に駆られることだろう。


「…………ふふ、ふふふ♪ どうしよう、ずっとリーズの顔を見ていたい……♪」

「素材が素晴らしいことは以前からわかっていましたが、これはもはや呪いに近いですわね……危ないので少しメイクを落としますわ」


 見れば見るほど取り返しのつかない吸引力は流石に危険と判断したのか、ミルカは薄いメイクをさらに薄くして、ようやく正気を保てる程度のレベルにまで落とした。このままでは、ミーナが一生結婚できなくなる恐れがある。


「うーん……ちょっともったいないけど、でもまだまだすごく可愛いかも♪」

「とりあえずリーズさんは、その日の気分でアイラインを書いてみるといいと思いますわ」

「えっへへ~、帰ったらシェラはどんな顔するかな? 今から楽しみ♪」

「そうですか。やはり…………」


 ミルカの笑みが不敵なものに変わる。

 リーズは思わず「しまった!」と口を押えるも、もう遅い。今度はリーズが標的にされる番だ。


「リーズさんは、村長のこと、好きなんですね」

「…………はい」


 隠すことは何もない。リーズは恥ずかしがりながらも、アーシェラへの好意を認めた。


「知ってると思うけど、シェラはリーズが冒険を始めてからずっと傍にいてくれて、ずっと助けてくれた。リーズにとってシェラは、自分の命よりも大切な人だから」

「自分の命よりも大切な人か…………その気持ち、よくわかるぞ」

「そうね」


 周りの反応は順当なものだった。それもそうだろう。今までの滞在で、あれほどまでにイチャイチャぶりを見せつけて「別に何とも思っていない」なんてことがあるわけがない。

 リーズが持っているカリスマと人望のおかげか、村人たちはリーズを快く受け入れ、自分たちの村長との付き合いもほぼ公認されている。今ではすっかり村の一員になりつつあり、王国に帰るなんて言った日には村人たちが全力で止めに入るに違いない。


「リーズは……シェラのことが好き。ずっとずっと前から、好きなの。離れていても、忘れられないくらい、シェラのことが好きなのっ!」


 「好き」と連呼するリーズの顔には、嬉しさと恥ずかしさと快感が混じりあっていた。

 まだ本人の前で言う勇気はないが、この気持ちに偽りはない。


「よく言ったわリーズさん。村長も幸せ者ね」

「君がその気持ちを持ち続ける限り、きっと思いが咲いて、結ばれるさ」

「ミーナも応援してる! リーズお姉ちゃんと村長が結ばれないなんて、考えられないよ!」

「みんな……その、ありがとう……!」


 この茶会に誘われた時から、リーズは薄々こうなることを分かっていたのかもしれない。

 胸に秘めた気持ちを吐き出す予行練習ができたし、仲間たちからの祝福という名の後押しも得た。

 もう勇者リーズに、怖いものはない――――――


 それで終わればよかったのだが、なぜかミルカの表情に陰りが生じ始めた。

 彼女が先ほどから一言も発していないことに、リーズたちはふと気が付いた。


「どうしたのお姉ちゃん? 嬉しくないの?」

「おいおい、まさかこの期に及んで村長を渡すのが惜しくなったとかいうなよ」

「ミルカ……さん?」


 祝福の気配から一変、ミルカの得体のしれない圧力に、場は一気に沈静した。

 そして彼女は…………とんでもない一言を放つ。




「リーズさん。あなたは、本当にアーシェラさんのことを、心から愛しているのかしら?」

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