17日目 変身

 普段は釣りのことしか考えていないサボり魔のミルカが、この日は珍しく育ちの良さを思い起こさせる手際で、ユリシーヌの顔にメイクを施していく。

 荒れた平原を毎日のように歩き、砂埃と日光にさらされるユリシーヌの肌は想像以上にダメーズを受けており、所々にシミや切り傷などが浮かび上がっている。だが、ミルカの手にかかれば、これらのダメージはあっという間になかったことに出来た。


「ユリシーヌさんは元から十分に可愛いですが、凝縮すればもっとよくなりますね。大人の色気でブロスさんをノックアウトしましょう。今夜はきっとねられませんよ♪」

「そうだろうか?」

「ええ……5人目待ったなしですわ」

「それは楽しみ」


 大した手間をかけているわけではないのにどんどん雰囲気が変わっていくユリシーヌを、ほかの3人は言葉も出ないくらい真剣なまなざしで見つめた。


(大人しそうなゆりしーが、まるで踊り子さんみたいになってくんだけど………)


 5分かけて仕上がったユリシーヌの顔は、先ほどまでとは打って変わって、ウインク一つで男性の心を貫くような色気をたっぷり含んでいた。ミーナから鏡を受け取って改めて自分の顔を見たユリシーヌは、驚愕に目を見開き、おもわず手を頬に添えてしまう。そのしぐさもまた何とも色っぽかった。


「これが……私?」

「そうですわ。気に入っていただけましたか?」

「なんだか、ちょっと、怖いかも」


 魔獣も暗闇も恐怖することがないユリシーヌが、自分の顔に恐れを抱くというのも、何とも不思議な話であった。


「では次に、レスカさんのお顔に手を入れてみましょうか」


 そう言ってレスカはうっとりするような笑顔でレスカのほうに向きなおると、レスカは思わず身体を少し後ろにそらしてしまった。


「い、言っておくがな! フリ坊はまだ子供だから! そ、そのっ! ユリシーヌのような破廉恥なメイクは……」

「破廉恥――今すぐその言葉を撤回しなさい」


 夫を誘惑できると意気込んでいた自分を破廉恥と言い切ったレスカに、ユリシーヌは恨みがましい視線をぶつけるも、レスカは気にも留めない。


「まあ、同じコンセプトでは面白くありませんし、フリッツ君にはちょっと刺激が強すぎますから、レスカさんには別の方向からアプローチしてみましょう」

「あ、ああ。お手柔らかに頼む」


 ミルカは、化粧道具一式をレスカの席の前に置くと、化粧用のナフキンを首に巻き、作業を開始した。

 ユリシーヌとはまた違った方向で堅く怖いイメージがあるレスカは、育ちの良さによる気高い雰囲気と生真面目さも合わさって、特に子供などは近づきずらい。

 同居している弟分のフリッツは、それでも彼女になついてくれているものの、レスカは常日頃から大切な弟分が自分を女性としてみていないのではないかと悩んでいた。


(私も変われるのか? 戦うことしかできない……女を捨てたも同然なこの私が)


 半信半疑で、ミルカにすべてをゆだねるレスカだったが…………見ている立場のリーズとユリシーヌは、レスカが持っている特有の「堅さ」がゆっくりと薄れていくのを感じていた。

 レスカの顔の長所であり、同時に欠点なのは、主張が強すぎることだ。ミルカのメイクは、長所をあまり損なわないように、欠点を補っていく方法をとった。


「さあ、どうでしょう? リーズさん、似合うと思います?」

「うんっ! レスカさんが、優しいお姉さんに見えるっ!」

「優しいお姉さん……だと!?」


 生涯絶対に言われることはないだろうと思っていた言葉を、勇者リーズから掛けられたことに、レスカは信じられないといった風に目を見開く。そして、一刻も早く自分の顔を見たくなった彼女は、ミルカの手からふんだくるように手鏡を受け取った。


「あ………ぁ……。嘘だ‥‥‥…夢だろ、夢に決まってる‥‥‥‥‥!」

「うふふ、夢ではありません。正真正銘、現実ですわ♪」

「今のあなたなら、うちの子の子守も任せられるかもしれない」

「よかったね、レスカさんっ!」


 鏡で自分の顔を見たレスカは、嬉しさに打ち震え、思わず現実逃避しそうになった。

 鬼とまで呼ばれ、それが当たり前だと思っていたレスカ。彼女はこの日、ようやく自分が一人の女の子だということに気づかされた。

 触れるものすべてを断ち切る、鋭利な剣のような雰囲気は消え、いい意味で平凡な女性へと変身させたミルカの腕は凄まじいというほかない。


「では最後は、リーズさんの番ですわね。楽しみは最後に取っておくものですね♪」

「うわぁ……な、なんだかすっごくドキドキする!」

「王宮の召使でも満足させられなかったのを、ミルカさんに出来るかしら」

「今度はどんな魔法が飛び出すのか、見ものだな」


 全員が待ちに待ったリーズの出番がやってきた。

 リーズの首にナフキンが掛けられ、ミルカの手がゆっくりとリーズの顔をなぞり始める。


(ゆりしーは美人さんになって、レスカさんは優しいお姉さんになった。リーズは何になれるのかな? シェラがずっとリーズから目を放せないくらい、綺麗になれるかな?)


 リーズの心のドキドキとワクワクが止まらない。

 どんなリーズでも喜んでくれるからこそ、アーシェラを本当の意味で驚かせるのは難しいかもしれない。それに、リーズはそもそも自分の魅力というのがよくわからない。容姿をけなされることがなければ、当然それ以上かたちづくる必要などないし、アーシェラ以外の人にもっときれいな自分を見せたいと思うこともない。

 今リーズは、自分の殻を破る時が来ている。


「はい、おわりました♪」

「え? もう?」


 が、リーズの化粧はわずか5分足らずで終わった。

 前の二人に比べて明らかに短く、しかもあまり顔をいろいろいじられている感じがしなかった。

 一瞬ミルカが手抜きしたとも思ったリーズだったが、自分を見るほかの3人が今までになく狼狽している様子を見て、自分の顔に何か変化があったことを瞬時に悟った。


 勇者リーズは、一体どうなってしまったのだろうか?

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