17日目 心
ミルカが戦闘態勢を解いたことで、茶会はようやく元の穏やかさを取り戻した。
「お詫びと言ってはあれですが、心が落ち着くお茶をご用意しましたわ。熱いですので冷ましながら飲んでくださいね」
ティーポットからカップの半分ほどまで注がれたハーブティーは、開始直後の種類とは違い、まるで包まれるような優しい香りを漂わせていた。
口でよく吹いて冷ましながら飲むその味は、蕩けるように甘い。どうやら蜂蜜が入っているようだ。
「ったく、一時はどうなるかと思ったが……これでよかったのか?」
「いいんじゃないかしら。ミルカが満足しているなら」
リーズの脇に控えていたレスカとユリシーヌも、自席に戻って茶を飲みクッキーを齧る。
叫びまくったせいか若干喉が痛い。けれども、なぜか痞えていたものが取れたかのような、奇妙な安堵感があるのも確かだ。
「ゴメンねお姉ちゃんたち。ミーナは山羊さんたちにエサあげて来なきゃ」
そう言ってミーナはお茶を少しだけ飲んで、山羊小屋に行ってしまった。
その間リーズはずっと無言で、ひたすら何か考えているようだった。
「だめだ……やっぱりわかんない。なんていうんだろう…………リーズはシェラのことを愛しているのは間違いないんだけど、なんか、こう……見えない壁があるみたいで」
「壁? なんだ、身分差でも気にしているのか?」
「ううん、そうじゃないの。きちんと歩いてるはずなのに、なぜか元の場所に戻ってるっていうか」
「それはわからないとしか言いようがないわね」
リーズがアーシェラを好きな気持ちに、当然偽りはない。この先もずっとアーシェラと過ごせるなら、それが一番の幸せだ。ところが、その先の未来がしっかり見えるのに、まるで虹の根元を探して歩くようで、ちっとも先に進めないのだ。
「やっぱり、リーズはまだシェラを愛する気持ちが足りないのかな? それはないと信じたいけど」
「あらあら、足りないはずがありませんわ。あれだけ叫んだんですし、好き嫌いに理屈はないと言い切ったではありませんか」
どうやらミルカは、リーズがわからないものの正体に、薄々気が付いているようだった。
「私が思いますに、リーズさんは何か忘れていることがおありではないのでしょうか?」
「忘れている?」
「もっと言いますと、村長も同じものを忘れている気がしますわ」
とは言うものの、リーズに思い当たる節は全くと言っていいほどなかった。別にお土産を持ってきていないからと言ってアーシェラが怒ることはないし、そもそも元2軍メンバーを訪ねた時には、リーズは例外なく手ぶらだったはず。
「まあ、すぐに思い出せるものなら苦労はしませんわね。いっそのこと村長と二人きりでデートしてきたらいかがですか?」
「デート……? デートかぁ」
「なんだかそれも今更感があるな」
「もう同棲してるし」
レスカの言う通り、アーシェラとリーズが二人きりでデートなど今更感満載ではあった。しかし、よくよく考えてみれば、本格的に二人きりでデートをしたことは、今まで一度もなかった。果たしてこれが「忘れていること」なのかは定かではないが、悪くない提案だ。
「そういえば、ちょうど明後日の夜は流星群が見れるはずですわ。幾筋もの流星が降る夜空を、二人きりで眺めるなんてロマンチックだと思いませんか?」
「シェラと一緒に……夜空をっ! 素敵っ! さすがミルカさんっ! これはもう行くしかないっ!」
「夜空といえば、もう外が暗くなってきてるんだけど」
気が付けば、窓の外では夕日が沈み始めている。なんと彼女たちは、実に5時間もの長きにわたってお茶会をしていたのだ。女性同士の会話、それも色恋沙汰となれば、いくら時間があっても足りない。
こうしてお茶会は無事閉幕。アーシェラが作ったお菓子の残りは、レスカとユリシーヌで子供の数で分けて持っていくことにした。リーズは終わった途端ドッと疲れを覚えたが、それでも期待以上に大きな収穫に大満足だった。
「さあ、帰ろっ! シェラが夕ご飯を作って待っていてくれてるはずだから!」
そして、薄くなったとはいえ可愛く仕上がったメイクを見せて、アーシェラを驚かせてやるのだ。
ひょっとしたら何かの間違いが起きるかもしれないが、それはそれで望むところだ。
リーズは、アーシェラの家に帰る。
まだまだ王国には帰らない。
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