20日目 逆撃
アーシェラは、食べ物を粗末にされるのを誰よりも嫌う。自分が作った料理なら、まだ「どこが悪かったのか」と落ち込むだけで済むが、他の人が作った料理なら、よっぽどひどいものでなければ、粗末に扱った人を叱りたくなる。ましてや、それが愛するリーズが作ったものならなおさらだ。
リーズの料理をこのような形で利用することには、最後の最後まで迷ったが、結局リーズに意図を話したら、彼女はむしろノリノリでやってくれた。
ただ想定外だったのは、いくらリシャールが選民思想が強いとはいえ「まずい」とボロクソに貶す程度だと考えていたのだが…………まさか床に捨てるとは思わなかったので、アーシェラの怒りは余計激しさを増した。
もはやアーシェラは、リシャールを同じ人間としてすら認めていない。目の前にいるのは、魔獣にすら劣る存在の生物だ。
「僕はね、リシャールのような軽薄な人間に、リーズの手料理を食べてほしくなかったんだよね。でもね、リーズは優しいんだ。リシャールも、エノーも、ロザリンデも、仲間外れにしたくなかったんだよ。そんなリーズの心を………お前は踏みにじったんだ」
「ち、違うんだ…‥! 違うんだよリーズ! 違うんだ! 俺はてっきり、こいつが作った料理だとばかり……!」
「じゃあもっと最低だね。シェラの料理だから捨てたなんて、本当に最低っ!」
リーズも、アーシェラに抱き着いたままリシャールを徹底的に拒絶する。
言えば言うほど自分の立場を失っていくリシャールは、先ほどまでの強気な態度から一変、半分泣きそうになっている。しかし、アーシェラは攻撃の手を緩めない。
「それとさ、寝込みを襲おうとして、逆に無意識のうちに蹴り飛ばされるような人と、まともな夫婦生活を送れると思う?」
『!!??』
「ちょっ!? まっ!? な、何のことだよ!?」
アーシェラはさらっと、特大の爆発魔術を放った。
これにはリーズも恐怖で震えあがり、顔を真っ青にしてより強くアーシェラの身体に抱き着き、エノーとロザリンデも席を離れ、まるで汚物を見るような目でリシャールを見る。
「リーズが寝相が悪いっていう噂があったよね。魔神王討伐の旅で、実際に寝ているリーズに蹴られた人間が5人いるんだ。まさかそのうちの一人が、のこのことこの村にやってきて、リーズを口説きにかかるなんて、滑稽なことこの上ないよね」
「き……貴様! どうしてそれを…………!」
「真夜中にリーズに思いきり蹴られて、天幕の布を突き破って、さらに隣の天幕に突っ込んだあげく、肋骨を6本折る重傷を負ったよね。ロザリンデが所用により不在で、朝までまともな回復ができない時に、応急処置をしてあげた人の顔を…………よーく、思い出してみるといいんじゃないかな?」
そう言ってアーシェラが、わざとらしく後ろ髪を括って見せると…………徐々にその頃の記憶を思い出したリシャールの顔が歪んでいく。
「ま、まさか………っ! 貴様、あの時の……っ!」
「よーやく思い出した? あの後リシャールは口止め料とか言って、勝手に金貨の袋押し付けてきたよね。僕はリーズの名誉のために、別に初めから言いふらす気はなかったけど、約束やぶっちゃったね。貰ったお金は返すよ」
「ぐ…………ぐぐぐぎぎぎっ!!」
アーシェラは、腰に装備した小さな物入から金貨の袋を取り出すと、リシャールの前に投げてよこした。いちいち小ばかにしてくるアーシェラの態度に、リシャールの怒りは絶賛沸騰中だが、それと同時に彼の本能がアーシェラの怒りに晒されたせいで徐々に恐怖に染まっていく。
もはやリーズの好感度は底を見せない大暴落に陥り、マイナスを打ち消すことすら不可能となった。そのことが、リシャールをさらなる絶望をもたらし、ついに彼は正気を失い始めた。
「ちくしょうっ!! 2軍の雑魚のくせにっ! 余計なことばかりべらべらべらべら喋りやがって!! こうなったら……無理やりにでもリーズを連れて帰ってやるからなぁっ!! おい! ロザリンデ! 武器をよこせ! エノー! そこの2軍風情の下民を押さえつけろ!」
口から泡を吹きながら、自分の右側にいるはずの二人の方を向いたリシャールだったが――――
「どこに向かってしゃべっているのですか? 私はここにいるのですが」
「お前…………いつから俺がお前の部下になったと錯覚していたんだ?」
エノーとロザリンデは、いつの間にかアーシェラとリーズの両脇に立っていた。しかもエノーはちゃっかりロザリンデから槍を受け取っており、いつでもリシャールを貫けるように構えていた。
二人は、リシャールが気が付かないうちに、アーシェラの陣営に回っていたのだ。
「わかっただろうリシャール。僕たちはせっかくお前に礼を尽くしたのに、お前は貴族であることを鼻にかけて、終始僕たちのことを見下した。そんな僕たちに逆に見下される立場になって、今どんな気持ちかな?」
「く……くそっ! 死ねっ! この悪魔がっ!」
リシャールは精一杯強がるが、もはや何も打つ手はないことは明白だ。4対1の上、武器はなく、想い人は今やその「悪魔」の腕の中だ。
「確かにお前は、馬上なら死をも恐れない勇敢な戦士だけど、ひとたび馬を降りれば王国にごまんといる貴族のボンボンとそう変わらないよね。いや、ひとたび綺麗な女性を見ればその花を手折り、そのくせまるでおもちゃか何かのように、飽きれば捨てる。ああ、これじゃあぼんくらの貴族以下だね、どうしようもない。だから――――」
顔を真っ赤にして無言で震えるリシャールに対し、アーシェラがついにとどめを放った。
「リシャール! お前はリーズの敵だっ!! もはや同じ空気を吸っていることさえ許せないっ! 今すぐにっ! 永遠にっ! リーズの視界から消えろっ!!」
「が……があああぁぁぁぁ……………っ!!!!」
アーシェラが、生まれて初めて直接放った罵倒により、リシャールのプライドは木っ端みじんに破壊された。彼は狂ったように絶叫し、両手で頭を押さえて子供が駄々を捏ねる様に顔を震わせ…………すぐに口から泡を吹いてその場に倒れ、失神した。
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作者注:皆さんご一緒に、せーのっ
村人's『ざまぁwwwwwww』
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