21日目 朝食
「シェラっ! ただいまー! いい匂いがしたから戻ってきたよーっ!」
「おかえりなさいリーズ。ちょうど今全部できたところだよ」
リーズたちが朝のトレーニングから戻ってくると、テーブルにはアーシェラが用意した朝食がきれいに並んでいた。
いつも通り籠に入った黒パンに(これはディーターが焼いたものだが)、スクランブルエッグと各種野菜を千切りにしたサラダ、カボチャのスープ、それに昨日の祝賀会で余った分の挽肉を使ったハンバーグ。わずか1時間弱で作ったとは思えない、豪華な朝食だった。
「ぜぇっ……ぜぇっ! め、飯だ……! メシがくえる!」
「よかったですね。空腹は最高のスパイスですよ」
リーズの無茶苦茶なトレーニングに付き合ったからか、黒騎士の異名を持つエノーが、グロッキー状態でロザリンデに肩を借りながら食卓に姿を現す。
本当はこの程度の疲労はすぐに術で回復できるのだが、トレーニングの後すぐに回復術を掛けるとトレーニングの意味がなくなるため、ロザリンデはあえてそのままにしている。それに、回復術では空腹は紛れない。
「ははは、エノーもお疲れ様。じゃ、食べようか」
「わーいっ!いっただきまーす♪」
「いただきますっ!!!!」
「のどに詰まらせないでくださいね。いただきます」
4人そろったところで、彼らは思い思いの食べ物を手に取り始める。
リーズは、大好物のハンバーグを豪快に切り分けて、とても幸せそうに口いっぱい頬張った。
昨日の宴会では、念願の「顔より大きなハンバーグ」を村人たちの前で一人で平らげ、彼らを驚かせて見せた。だというのに、今日もリーズは全く飽きる様子なく、とてもとてもおいしそうにハンバーグを食べる。
リーズの隣にいるアーシェラは、幸せそうに食べるリーズを、さらに幸せそうな笑顔で見ながら、自身もハンバーグを切り分ける。時々彼はハンバーグを大きめに切り取り、向かい側に友人がいるにもかかわらず、むしろ見せつけるように自分のを食べさせてあげたりしている。
だが、リーズの地獄のトレーニングに付き合ったエノーは、死ぬほど空腹なせいか、そんな事どうでもいいとばかりに手元の料理に必死に食らいつく。硬くなった黒パンを強引に半分に割り、その半分になった生地の中をさらに大きくえぐり、スープを注いで食べる。貴族社会では意地汚いとされる食べ方だが、ロザリンデは文句を言わない。
そして、そのロザリンデはこんな時でもお行儀よく、ナイフとフォークでサラダを切り分けて食べる。
「ん~♪ おいしぃ、幸せ!」
「リーズったら、アーシェラさんの料理をほんとうにおいしそうに食べますね」
「だって~、シェラのは、ほんとーにおいしいんだもんっ!」
「ふふっ、ハンバーグはお代わりも一人3個までならあるから、いっぱい食べてね」
「よし、じゃあ俺もお代わりするぞ!」
楽しそうに食事をする彼らの光景を、ロザリンデは感無量の思いで見ていた。
魔神王討伐の戦いの旅――――苦しい戦いが続く日々でも、リーズはおいしい料理を食べればいつでも笑顔だった。
リーズだけではない。エノーも、2軍メンバーも、あのリシャールも……そして何よりロザリンデも、食事は日々の楽しみだった。
大切なリーズの力になりたくて……日々心血を注いだ彼の努力は、リーズのみならず、メンバー全員に分け隔てなく力を与えていた。それがどんなに偉大なことか、わかっている人は何人いるだろうか。
(「感謝されなくても、見向きもされなくていい。僕はただリーズの役に立ちたいだけ」)
かつてアーシェラは、ロザリンデにそう語っていた。
裏方の仕事を一手に引き受けるアーシェラは日々過労気味で、見ていられなくなったロザリンデが「あなたがそこまでする必要はないのでは」と言ってしまったとき、アーシェラは笑顔で否定したのだ。
アーシェラの努力は無駄ではなかった。彼の想いは、最高の形で報われたのだ。
「どうしたのロザリンデ? 食べないの?」
「あ……」
過去の思い出を反芻していたロザリンデは、リーズに声を掛けられて、ようやく自分がフォークを動かす手を止めていることに気が付いた。
「いえ、朝ご飯があまりにもおいしくて、私もこんな料理が作れたらなって思ってしまいまして……」
「ロザリンデが料理を? なんで?」
ロザリンデが料理を作ると聞いて首をかしげるリーズ。
その言葉に、ロザリンデは待ってましたとばかりに、急にまばゆい笑顔ですさまじい言葉を放った。
「何故なら私は、エノーと婚約しましたから♪」
『!?』
リーズとアーシェラは驚きのあまり、手に持っていた黒パンを二人同時に、スープの中に落としてしまった。
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