チョコレート味

「そうか…………リーズもアーシェラも元気にやってたか」

「あぁ、二人ともとても幸せそうだった。お前にも感謝していたよ」

「リーズ達には、今後は心置きなく平和な世を満喫してほしいものです」


 旧街道を抜けて数日後、エノーとロザリンデは再びロジオンの家を訪れていた。

 アロンシャムの町は相変わらず活気に満ちていて、ロジオンの店も冒険者たちで大いににぎわっていたが、店の裏にある邸宅では、そんなざわめきも遠く、落ち着いた空気が流れていた。

 二人は以前、ロジオン自身が商談などに使う応接間で、ちょっとした悪だくみをしていたが、今日は彼の生活スペースの一部であるリビングに招かれている。ロジオンも、リーズやアーシェラと同じく、エノーたちのことを友人と認めたのだろう。

 エノーとロザリンデが、開拓村でリーズたちが平穏に暮らしていることを話していると、ロジオンが雇っている妙齢の召使が、ティーカップを三つ運んできた。


「飲み物をお持ちしました」

「ありがとう、下がっていいぞ。さて、どうせお前らのことだから、またすぐにどこかに行くんだろう? こんなものしか出せないが、今日くらいはゆっくりしていけよ」

「おっ、悪いな。しかしこれは……コーヒーか? いや違うか? なんだ?」

「お茶ではなさそうですね。私はコーヒーも飲んだことがありませんが、これほどまでに黒くてドロッとした飲み物は見たことがありません」


 ティーカップには、何やら黒くてドロッとした液体が入っている。エノーはてっきり、王国東部の特産であるコーヒーかとも思ったが、それにしては粘りが強いし、煎られた豆のようなにおいがしない。むしろ、木の実のような香りがする。

 ティーカップの脇には、小枝のようなものが添えられているが、すぐにそれがシナモンの端枝だと気が付く。


「聞いて驚くなよ…………これはな、南方諸島の一部でしか取れない木の実から作られた「チョコレート」という飲み物だ! やたら苦いが、砂糖とミルク、それにシナモンを溶かして好きなように味を調節して飲むと、なかなかうまいぜ」

「チョコレート……初めて聞きますね。……うっ、これは確かに痺れるような苦さですね……」

「コーヒーをブラックで飲める俺も、さすがにこれはな」

「へぇ~、コーヒーをブラックで飲めるようになったのか、黒騎士さん。昔はミルクで半分薄めたうえで、砂糖をスプーン二杯入れなきゃ飲めなかったのになぁ」

「おいばかやめろ」

「くすっ、エノーのかわいいところをまた一つ知ってしまいましたね♪」


 二人が初めて口にしたチョコレートは想像以上に苦く、ロジオンに言われた通り砂糖やミルクを使って整えなければ、とても飲めたものではない。

 それでも、風味やそこ根底にある味は悪いものではなく、シナモンなどを加えれば、一風変わった飲み物と思えるようになってくる。

 リーズが勇者になる前は、貧乏ゆえに、不味い代用コーヒーしか飲めなかったものだが、今ではこうして王侯貴族ですらめったに飲めない貴重なものを飲んでいる。本当に未来などわからないものだと、エノーもロジオンもひしひしと感じていた。


「ちなみにだがロジオン。これ、どうやって手に入れたんだ?」

「そうだな、二軍メンバーの一人に、ヴォイテクってやつがいたのを覚えているか?」

「…………」

「…………」

「お前ら、さては覚えていないな」


 ヴォイテクという名前を聞いてピンとこなかったエノーとロザリンデは、気まずそうに顔を見合わせた。そして、その反応を見たロジオンは若干呆れたが、そこまで深くは追及しなかった。

 ぶっちゃけ、二軍メンバーの人間を全員覚えているのはリーズだけだろうし、アーシェラもおそらく全員の顔と名前までは憶えていないだろう。


「まあいい、そのヴォイテクはもともと有名ギルドの冒険者の一人だったんだが、魔神王討伐の旅を終えた後、アーシェラから分けてもらった資金で自分の船を作っちまってな。んでもって、その船で南方諸島の異民族と交流して、いろいろあって、現地住民と仲良くなって、原料を分けてもらったらしい」

「そんな面白いやつがパーティーにいたのか!? くそっ、あの頃もっといろんな奴と話しておけばよかった!」


 まさか二軍メンバーの中に、自分の船を作って、言葉の通じない異民族の文明に乗り込んで、あまつさえ貴重な品を分けてもらえるほど仲良くなるというすさまじいメンタルの人間がいるとは――――エノーは急にその人物に興味がわいてきた。


「そのヴォイテクが持ち帰ってきたチョコレートを、これもまたメンバーの一人で、かつ俺の商売友達のマリヤンに売ってな、さらにマリヤンから俺に売ってもらったってわけだ。友達価格とはいえ、高くついたなぁ」

「マリヤンさんなら私も知っています。確か輸送部隊の方でしたよね」

「本業は輸送隊じゃなくて、軽騎兵隊……うちの奥さんの同僚だったんだが、まあいいや。とにかく、あの魔神王討伐の旅で、俺たちも横のつながりができて…………こうして貴重な飲み物を飲めるってわけだ。それもこれも……リーズとアーシェラのおかげだ」

「なるほどな。俺たちは貴族になって、裕福な生活と名誉を手に入れたが、リーズがいないところではギスギスしてばかりだったな。恥ずかしい話だ」


 話を聞けば聞くほど、エノーたちは、かつての仲間たちに置いていかれるように感じる。

 王宮という狭い世界の中で、些細なことで足を引っ張り合っていた一軍メンバーたちとは違い、アーシェラをはじめとする二軍メンバーたちは、魔神王討伐の栄光におごることなく、自分たちの出来ることを始めていたのだ。

 心の奥に灯る焦燥感からか、この日はやけに喉が渇くようで――――エノーは、苦くて飲むのに苦労していたはずのチョコレートを、一気に口の中に流し込んだ。

 何となく落ち着く気がした。


「チョコレート、だったな。慣れてくるとなかなか……お替りあるか?」

「お替りってお前…………これの原料になる木の実はな、同じ重さの金で取引されてもまだ良心的なお値段なんだが」

「なにぃ!?」

「こ、これが同じ重さの金と!?」


 今自分たちが飲んでいる飲み物のあまりの高価さに、エノーとロザリンデは思わず腰を抜かしそうになった。


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