第7話「文化ハザード・・・失敗!後編」
お母さんが凍りの笑顔でこちらを見ています。
あれは日本にいたときに散々見た笑顔です。
これからほめて落とす虐殺劇が発生するのです。
致命傷がわからない無力な私ですが、お母さんなにとぞご容赦願います。
「まず初めに言っておきます。まーちゃんも権三郎も美味しいパンをありがとう」
お礼に聞こえますよね。
これ建前なのですよ。
いうなれば居合の達人がさやと柄に手を添えていざ斬ろう! と息を吐いたような状態なのです。
きます。
「でも、材料が贅沢なのはいただけないわ」
ぐはっ。迂闊でした。基本の基本コストのお話でしたか!
だっダメだ。これは反論できない。
「まーちゃん? このパンとっても美味しいけど原材料に何使っているのかしら?」
「小麦粉、水、塩、酵母…」
「それは普通のパンの材料よね?」
「はい、それから卵、バター、牛乳、油、砂糖です…」
ほっほうと唸り声が聞こえる。祖父だ。
さすが農家、相場をわかってらっしゃる。
牛乳以外少量しか使っていないがどれもいまだ高価な食材だ。
「ここにまーちゃんがお義父さんに発注した食材リストがあります。それから計算されるパンの生産コストは通常のパンの2倍以上……さすがに家庭を預かるお母さんとしてはこれを毎日は許せないかな~」
ぐぬぬ。言い返せない完璧だ完璧すぎる評価だ。
確かに毎日食べる主食だ。これが倍額になるのはいただけない!
異世界にきて感覚が鈍ったか。未熟。
「しかも、それだけじゃないのよ」
なんと追い打ちまでしてくるのか!
さすが歳の……あれ殺気が。お母さんはお若い! ……ふぅ、気のせいか。
「おいしいという所とそしてこの柔らかいという2つの利点が逆に最大の欠点にもなっているわ!」
『どーん、異議あり!』とかやりそうで怖いですねこの雰囲気。
「まずおいしいとね。『ついつい食べる量が増える』のが人の性なのよ。うちにはザンバのおいしくないパンぐらいがちょうど抑制効果になるのよ!」
ザン兄に飛び火した!
すみません兄さん。まずいのは否定できません!
落ち込む料理人志望ザン兄を『大丈夫これからこれから』とお父さんがフォローしている。
普通逆だよね? 中世の家庭って。特殊なのはうちだけなのかな?
「そして!」
盛り上がるお母さん。そろそろ周りと空気が違うことに気づいてほしい。
「やわらかいとその分呑み込めてしまう。呑み込んでしまうと満腹中枢への刺激が減る! つまり、私やお義母さんやミリが太ってしまう可能性があるのよ! これは致命的だわ!」
すみません。そのドヤ顔なんとか引っ込めていただけないでしょうか?
途中まですごかったのに最後にポンコツです。お父さんも『妻よ、お前のそこがかわいい』とか言ってないで4人の母親ですよ?
「えっと、それはゆっくり食べれば万事解決では」
「無理よ」
即答ですか……。
「こんなにおいしいのは罪よ」
やばいこの悪徳代官飛んでもねぇ沙汰出しやがった。私情100%まじりっけなしじゃん。
「ふむ。確かに高いのはいかんのう。だが高くても価値があればよいのではないかな。特に店で出す分では」
祖父はゆっくりと味わって食べていた。
そして最後の一切れを口に入れると、お父さんに視線を向ける。にやりと笑ってお父さんが続ける。
「いいね。確かに外食する人間にとって美味しければパンの価格程度こだわらないね」
「であれば、週に1度作りすぎて家の食卓に上がる、ということもありえるじゃろ? 大量に作るということはそれだけコスト面も抑えられるし、売り上げも上がるじゃろう。たまの贅沢ぐらい、心優しいミホさんは許してくれるはずとわしは信じておる」
おじい様! 感謝します! さすが農家さん! 食べ物に寛大なお心さすがです。
「でさっそくじゃが毎日作るなら、毎日昼にわしのところに届けてほしい。美味いからな。美味いものは仕事への活力となるしな」
カッカッカっと水戸黄門みたいな笑い方で祖父は話を締めくくる。
それを黙って聞いていたお母さんもあきらめたように息を吐いて祖父に続ける。
「しょうがないですね。それでいいでしょう。でもお昼届けてほしいのは私のところもよ」
「あれ? お母さん専業主婦じゃ?」
「ちがうわよ。こう見えてもお義父さんの研究所の所長よ」
ネタ晴らしがございました。
ああ、ああ、ああ、なるほど。原料だ。製法だ。が丸々ばれていたのはそういうことですか。
ええ、かまいません。柔らかいパンが食べられるのであれば。
……でも、お覚悟ください。お2人のところに宅配した際に幼児特有のおねだり攻勢を1日おきにしてあげましょう。
ご自分たちだけ毎日食べようなど都合がよすぎるのです。
うふふ楽しみになりましたね。ねぇお母さん。お爺ちゃん。
後日、なぜだか研究所と祖父の農園以外に王都の魔法学院からも毎日大量の注文が入るようになりました。
祖母がこっそり持ちこんだものが見つかってしまい、人気になったそうです。
やっぱり売れるじゃん……。柔らかいパン。
とある農業研究所所長の視点――――――――――――――――――――
まーちゃんの暴走が止まりません。
ミホ・ラ・アルノ― 30歳。まーちゃんの母親です。
趣味で研究所の所長などやっています。
14歳の時から研究畑でした。
現在4人の子育てなどしながらまだ研究やってたりします。
世間一般から見ると冷たい母親なのでしょうね。
そう思われるのは覚悟しております。ですが、人のためになる研究がどうしてもやめられないのです。
……さてさて私の話はよいのです。
最近私共の息子、マイルズことまーちゃんが暴走気味です。
まーちゃんは才能豊かな子です。
才能豊かの子ほど、得てして早熟な状況で【危険を危険と認識せず】犯したり、【他人の害意】や、成したことから生じる【嫉妬】などの悪意に気づかず敵を多く作る。結果、殆どの才人は抵抗できない幼いうちに殺されてしまう。まーちゃんもその様なことになりかねないのです。
お義父さんとも主人とも、まーちゃんを守るため表面的には【ただの幼児】としてすくすくと育ってもらう、と決めておりました。
ですが、当のまーちゃんが言うことを聞いてくれません。
先日突然現れ、それまで誰も着目していなかった『獣人専用獣形態用せっけん』を開発してしまいました。
いえ、まーちゃんが作ったのでは無いのですが研究者を動かすのがうまいです。
……本当に幼児なのでしょうか。
結果、驚くべき短期間で実証実験まで完了させました。すでに商品化に移行しそうです。
当の研究者が『あの子は神の使いだ。ありがたや~』とか言い出しそうだったので、所長室に呼び出してクギを指しておきました。この件にまーちゃんは関わっていなかったと。それが本人の希望だと母親特権を有効活用すると獣人の研究者は首を傾げながらも『ならば仕方ありませんな』と満面の笑みで出ていった。
それが一度であればと思った矢先……、昨日またまーちゃんが現れた。
まーちゃんにつけている密偵から報告があった通り、今度はパンだ。
まーちゃん襲来の一報からおよそ3時間程度後、なじみの主任研究者がおいしそうなパンを片手に所長室に飛び込んできた。
曰く『革命的だ!』とのこと。
食べてみた。確かにその通り。しかし、これも止めなければ……。
『作成方法とその過程での事象をレポートにまとめて提出してください。あなたの名前で普及プロジェクトを進めるか否かを上層部と判断します』と所長権限を使って告げます。めちゃくちゃなことを言ってい居るのは知ってます。研究者も『私に他人の成果を横取りするような恥をさらせというのですか!』と憤慨していました。
……ですが、これも若いうちに注目された【才人の悲劇】という事を考慮してと説得するとしぶしぶ了解してくれました。
さらにパンプロジェクトが立ち上がろうとしたときに、また、まーちゃんが動いた。
どうやら自分が食べたかっただけのようだ。
それならそうと直接言えばいいのに……。
研究所でレシピの実証実験してから持ってくるなんてお母さんそんな子に育てるつもりはありません!
ということで、ネタは上がっているのです……。どうしてあげましょうか……。
結論から言いましょう。
まーちゃんのパンは前回食べたのよりおいしくなっていました。
悔しいです。
ですが、家庭で食べるというのであればまだまだでしたね。お母さんが社会の厳しさを教えてあげます。
……甘い男性陣のおかげでお家で食べるのは週に1回となりました。
でもお義父さんや私はお昼に毎日。主人だってまかないで毎日たべるのでしょう。
『大人って汚い?』子供はきれいな部分だけ見て育ってください。
汚い部分は我々大人がかぶります。うーん、柔らかいパン美味しい♪
……ん?
何ですか配達に来たまーちゃんが肩を落としながら歩いていきますが扉のところで振り向き、キラキラした目でこちらを見ています。
正しくはこちらのパンを見ています。
ぐぬぬ、かわいい!
まーちゃんおいで、一個あげましょう!
結局、このパンを毎日多めに注文してまーちゃんや研究所職員に配っていたら人気を博してしまい。
なぜだか主人の店がパン屋さん並みのパン大量生産シフトが組まれたりしています。
早くパンプロジェクトを普及段階まで進めなくては! と私自ら陣頭指揮をとりながら忙しい日々を送っております。
ま-ちゃん、お母さんからのお願い。
ほしいものがあるときは絡め手使うのだけはやめて。
あと料理で作っていいのはパンだけです。
他の物を作っちゃうと危険な香りがします。いいですね?
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