第129.2話「侵略戦争」

『聖王の王弟』。

 3歳上の兄を持ち、少年期は兄を崇拝していた。

 だが『聖王の王弟』はある時、この様にささやかれるた。


『それでよいのか?』と。

 国を想い、民衆にやさしい『聖王の王弟』はその言葉から不安に駆られ、まんまと宗教勢力に騙される。

 歴史を紐解けば『優秀』なものほど『ほころびに気付き』そして『不安にも気づく』。

 不安に付け込むのが善人の皮をかぶった悪の組織のやり方である。


『真の敵は優しい隣人として現れる』

 一つの真実と一つの正解に、3つの嘘と3つの不正解を混ぜ込む。

 初めての失敗、人よりも劣っている点。

 自分を冷静に見つめれば『優秀』と判断できるものでも、他者の長所に比較されれば取るに足らない欠点も多きなマイナス点に感じてしまう。失敗を知らないことを恐れる『優秀』はあっという間に付け込まれる。


 優秀なものは、優秀であるが故、『自分の知らないことを知っている』ものを簡単に信頼する。そうして信頼し構築されてしまった脳内のロジックは、そうそうに覆らない。なぜならば彼らは優秀であり、それまでの実績もある。故に欠点を見直さない。


 そして信頼されてしまえば簡単に誘導し手駒にできる。『優秀』と言われる者に限って洗脳するのは、非常に簡単なことである。

 洗脳されたものは、それとは絶対に気付かない。

 自分のロジックで肯定し、現状は自らの結果。誘導されたなどとは思わない。その誇りにかけて。


 『聖王の王弟』は付け込まれ、破綻をきたした。

 そして王宮内に不穏分子を招き入れた。

 『優秀』であった力を、間違った方向に使用し、植え込まれた欲望に暴走、最大の栄華をもたらすと約束されていた『敬愛する兄王たる聖王』を貶め、国盗り迄あと一歩のところまで迫った。


 電光石化。


 時は大陸では、北東地域では神王国と呼ばれていたが軍神が日いる強国が席巻し、中央南部地域では稀代の英雄剣豪皇帝が帝国を興し強大な版図を築き、西部では古き大国魔王国と獣王国は激しい戦争を繰り広げていた。

 ほんの数百年前には異世界人を含め大連合を敷いていた古き国々も友好を疑い、隣国からの突然の侵攻がいつ起こるのか戦線としていた時代。

 そんな時代『名君』と期待されていた聖王もまた難しい国のかじ取りに側近ともども忙殺されていた。それ故、『弟君の周囲不穏』と伝えられても、自ら動くことはできず、かと言って信頼のおける臣また同じ状況の為新王は弟への対処を誤る。弟を改心させるべく送った手紙も改竄され、護衛に向けた近衛の一部は行方知れずとなった。やがて聖王へ報告を上げていた暗部の一部が買収され、『弟君』についての報告を偽ることになる。

 投薬された『弟君』は改竄された手紙を疑う判断力はなくっており、権力欲に魅入られ異世界宗教派閥に取り込まれた一部貴族たちの甘言に『弟君』は完全に壊れてしまった。


 そして、運命の日は訪れる。

 教会勢力に加担した貴族、そして聖王の意向を背負った『弟君』が『異世界宗教勢力を城に招き入れ、各所に呪いを施す』。


『兄上、病床にて裏切者の存在に気付いた申した。ご相談したく……』

 聖王の急所。『弟君』こそ聖王が最も愛し守らんとした者。幼少の砌、聖王の後ろに隠れていた可愛い弟。その信頼こそ聖王の唯一の弱点であった。

 その弱点は国をかじ取りする王という立場によってさらけ出されることになる。王とは人の集団が集団をうまく制御するために作り出した要石である。王となった者は個人より集団を見る。個人がいかに大事だとはいえ集団を崩してしまえば大事な個人もろとも集団はもろく崩れ行く。それが摂理。それが執政者としての覚悟。その為、弟を重視できずにいた。


 聖王はようやく安定の兆しが見えてきた国際情勢、内政上は裏切者の尻尾をつかんだ国内情勢に一息つき、王弟に呼ばれるがまま出向いてしまった。

 その結果、『聖王国』光の加護を受けし国と呼ばれた国は、『死の国』と呼ばれることとなる。死者に守られし王国と……。


 『愚弟の乱』と呼ばれた反乱は1日で収まったが聖王国いや、死の国はこの日、国の要石を失い内外の情勢に不安定が顕著となった。これは死の国に伝わる教養である。貴族であれば子供でも知っている事実である。


 さて式典の最中皆に聞こえるように『羨ましい』と呟いてしまったグルカーセム将軍だが、その時3種類の視線にさらされる。1つ『同意』、2つ『嘲笑』、3つ『敵意』。


 将軍職にあった父の副官として立場だけは上等だが、中身はペラペラだったグルカーセム将軍は、式典当初と現状の自分を顧み恥ずかしさのあまり視線を床に釘付けにし紅潮していた。


「くくく」

 公爵となり数年たった今。死の国は多方面から揺らされている。

 国難に際して国を統率すべきもの達は『偉大なる先達の方々』を自然とみていた。依存だった。しかしキアナ女公爵とその賛同者は自ら考えることから始めた。

 その切欠を作ったであろう男は、貴族の優等生は、今猪武者の様に冷静に、情熱的に、燃えている。


 謁見の間にて出陣の許可を得た姫将軍ことキアナ女公爵はその後、文官を捕まえ、諸々の手続きを済ませるとアルマイル伯爵へ早馬を走らせ、手勢を引き連れ王都を出ていた。

 アルマイル伯爵とは会議へ出席する前、事前交渉は終わっている。

 もし許可を得られなければ痛い出費であったが準備期間にかかる費用はキアナ女公爵持ちという破格の条件でアルマイル伯爵はキアナ女公爵の行軍進路上にて軍を待機させ待っていることだろう。

 グルカーセム将軍はキアナ女公爵が笑うのを見て、勝利までの道筋が整った笑み、だと確信して自らも笑う。


「ふむ、グルカーセム。なぜ貴様まで笑っている?」

「はて?姫は勝利までの道筋を見通され、笑っておられたのでは?」

 キアナ女公爵は嘆息を一つつくとグルカーセム将軍に皮肉気に告げる。


「私は、とある凡人が脳筋に変わった切欠を。それを思いだしていただけだ」

「……はぁ」

「おお、『なんと羨ましい』」

 グルカーセム将軍をからかうようにキアナ女公爵はわざと大げさに、演劇でテラスにいるヒロイン(グルカーセム将軍)がヒーロー(キアナ女公爵)に愛を求めるさながら両手を広げる。


「……そんな情熱的ではございません」

「くくく、そうであったか? 私は覚えておるぞ。忘れられぬ。王女でありながら王家の分家を開いた直後。当主としてなる偉業と責任を噛み締めていた私に対し、地位や肩書ではなく、私の決意に羨む男が、貴族が居ようとは。更にそれが『面白みのない男』で有名な気様であったとはな。あれは私をして驚きであった」

「……『面白みのない男』」

 地味に落ち込むグルカーセム将軍をみてキアナ女公爵は笑みを深める。

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